2024年8月3日、下咽頭がんのために世を去った作家・大崎善生。『聖の青春』『パイロットフィッシュ』などの作品で多くの読者を魅了した彼が、闘病のさなかひそかに綴っていた未発表小説「渚にて」が、命日である2026年8月3日よりWEB別冊文藝春秋にて全文順次公開される。

 原稿を発見したのは、妻で女流棋士の高橋和さんだ。遺稿を見つけた経緯から、最期の日々の記憶まで、高橋さんに話を聞いた。

2024年4月2日に撮影された大崎善生さん。「亡くなる4か月前ですが、まだお酒を飲んでいました」(高橋和さん提供)

「渚にて」の「1」「2」「3」という文書があって…

――「渚にて」の原稿は、どのようにして見つかったのでしょうか。

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高橋 大崎はもともと、(2階の)自室のパソコンで小説を書いていました。ただ、病気をしてから2階に上がる体力もなくなってしまったので、パソコンは一切使っていなかったんです。その後、少し体調が回復してきたころ、私の古いノートパソコンを「どうぞ」と譲ったんです。設定もそのままで、私もパスワードが分かっていました。

 亡くなってから整理のためにパソコンを開くと、デスクトップにいろんなファイルがごちゃごちゃと並んでいて、その中に「渚にて」の「1」「2」「3」という文書があって、なんだろうと思ったんです。ただ、しばらくはちょっと開く気にはなれなくて、数か月そのままにしていました。たぶん冬ごろだったと思うので、3、4か月が経ってから意を決して開いてみたら、あの原稿が出てきた。偶然見つかった、という感じでしたね。

――原稿を書いていたこと自体、まったく知らなかったのでしょうか。

高橋 はい、まったく知りませんでした。手術後に「もう書きたいことはない」と言っていたので、まさかひそかに書いていたとは……。おそらく本人の中に、この体験を題材にした小説を書こうという気持ちはあったのかな、と。ただ正直、今回のものは完成形ではないと思うんです。推敲を重ねて仕上げていくプロセスの、その最初の段階として、本人の気持ちや、そのときの状況、情景を書き残しておいたものなのかな、というふうに思います。

「ああ、そういうふうに見ていたのか」夫と私の視点が重なり合った瞬間

――「渚にて」は闘病体験を描いた私小説の体裁になっています。実際に読んでみて、どのような印象を受けましたか。

高橋 同じ場にいても、当事者と介護する側とでは見えているものがこんなにも違うのか、と。同じ出来事でも、「あ、そういうふうに考えていたのか」、「そういうふうに思っていたのか」と読みながら当時の状況と合致してきて……。そういう意味での衝撃は、ありましたね。私の目から見た情景や状況とリンクするので、非常に鮮明に「ああ、そういうふうに見ていたのか」と、読みながら思い出されてくるというか。文章を通じて初めて、夫の視点と私の視点が重なり合った瞬間でした。

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――淡々とした筆致で書かれているのが印象的でした。闘病中の大崎さんは、どのようなご様子でしたか。