英雄となった東條英機
緒戦の大戦果で一夜にして英雄となったのは、首相の東條英機でした。この日から、日本中を「東條礼賛」「東條崇拝」が席巻します。私は、この戦争の責任を東條英機ひとりに負わせることは、大きな誤りだと考えています。ですが、東條英機という個性がこの戦争を形作ったことは間違いないとも考えています。
30年以上前、東條の評伝を著すべく取材を進めていた私は、夫人のカツさんに何度も取材をする機会に恵まれました。その中で、カツさんは開戦直前の東條の逸話を教えてくれました。
開戦直前の12月6日頃の夜中、公邸の東條の部屋からすすり泣くような声が聞こえたそうです。こっそりカツさんが部屋を覗いてみると、東條が布団の上に正座をして皇居に向かって泣いていた、といいます。
天皇に忠実な軍人であることを自任する東條は、その天皇の和平への思いを裏切り、開戦に至ったことを悔いて涙を流していたのではないか。東條には確かに、このような側面がありました。
しかし、戦争が始まり大戦果を知ると気持ちが高ぶり、その謙虚さは失われていきました。
8日の夕方には首相官邸で情報交換会ののち、中華料理を囲んで会食が行われます。祝賀会を兼ねた食事会だったのかもしれません。出席者は陸海軍の関係者ばかりでした。東條内閣の首相秘書官だった広橋眞光さんに会ったとき彼のメモを見せてもらいました(のちに『東條内閣総理大臣機密記録 東條英機大将言行録』として刊行)。その記録によれば、会食中にハワイ攻撃の詳しい戦果が伝わったようです。
〈総理は「予想以上だったね。いよいよルーズベルトも失脚だね……」等大変に喜ばれた〉
と、かなりの上機嫌だったことがわかります。
※本記事の全文(約11000字)は、月刊文藝春秋の電子版「文藝春秋PLUS」に掲載されています(保阪正康「真珠湾『失敗の本質』」)。全文では、以下の内容をお読みいただけます。
・1日で11回の大本営発表
・ハワイ、オーストラリアの占領を計画
・タガの外れやすい日本人




