昭和天皇最後の抵抗

 2、天皇の意思―なぜ「豈朕カ志ナラムヤ」を入れたのか。

「豈朕カ志ナラムヤ」とは、私の本意ではないといった意味だが、実に奇妙な言葉だ。開戦の詔書は、いわば果たし状のようなもので、これから喧嘩するのに、本当は喧嘩したくないと言っているようなものである。

第8案まであるという詔書案

 この文言を入れた経緯を、稲田はこう証言している。

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 天皇から、親交のある英国と戦を交えることは忍びなく、その気持ちを詔書に表現してもらいたいと言われた東条は、稲田にそれを伝えたのだが、稲田は反発したという。

「『今から戦争しようというその相手との親善関係等詳しく述べ立てるようなことが一体書けますか』と反駁したところ、初めて総理も黙つてしまつた。ややあつて、私から『豈朕ガ志ナラムヤ』との一案を提示したところ、総理は『それでよろしい』とのことで、そのように落ちついたのであった」(「稲田周一聴取書」)

「豈朕カ志ナラムヤ」の一文がある部分

「豈朕カ志ナラムヤ」は別段新しい言葉ではない。日露戦争における宣戦詔勅にもあり、稲田は咄嗟にそれを思い出したのだろう。しかしこの一文を入れると、文意は「米英と戦端を開くが、これは私の本意ではない」となって、国民の戦意が喪失しかねない。詔書第3案ではそこへ「洵ニ已ムヲ得サルモノアリ」が追記された。すると「開戦はやむを得ずこうなったもので、私の本意ではない」と、天皇は開戦に関係がないと読み取れ、戦争を避けたい天皇の気持ちが一層強調される。稲田の証言では、この2つの言葉が挿入された順序が逆だが、どちらも同じ理由から天皇のご要望で加えたと記している。

 ところが第4案になると「洵ニ已ムヲ得……」だけが削除され、第五案で再び挿入される。いったん削除したものの、天皇の意思で入れざるを得なかったのか。そう考えると、「洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ」は昭和天皇最後の抵抗だったのかもしれない。

※本記事の全文(約9000字)は、月刊文藝春秋の電子版「文藝春秋PLUS」に掲載されています(奥野修司「昭和天皇『日米開戦』7つの謎」)。 全文では、下記の内容をお読みいただけます。
・「自衛戦争」を主張
・決定権を持つのは天皇のみ
・リーダーなき無責任体制

文藝春秋

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昭和天皇「日米開戦」7つの謎
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