「大手ほどユルいんだよ」
この日、カトウは土井の指示で午前11時に新橋駅のSL広場でなりすまし地主の長谷川と待ち合わせた。商談を行う際はだいたいこの広場が待ち合わせ場所となり、カトウは浅川に「汽車ポッポのところだからね」と伝え、浅川が長谷川に連絡を入れていた。この日は海喜館の土地をめぐる商談で千代田区の弁護士事務所に向かったそうだが、「相手がどんなかは覚えてない」と言う。
午後にも商談があると聞かされていた。午前の商談を終え、長谷川を連れて戻ってきたカミンスカスは午後の打ち合わせ先をこう告げたという。
「西新宿の積水ハウスの東京事業部に向かって。住所はここ」
カトウ自身が積水ハウスの名を聞いたのは、その時が初めてだった。これまで何度か商談があったが、相手が誰かは聞かされないことのほうが多かった。自分の役割は長谷川と道具の管理であり、商談相手が誰だろうと関係なかったからだ。しかし、いきなり飛び出たビッグネームにカトウは驚きを隠せなかった。
「そんな大手に話を持っていって大丈夫なんですか?」
「大手ほどユルいんだよ」
カミンスカスは、大手の会社ほど騙しやすいと説明したという。その根拠は示されなかったが、堂々と言い放たれた言葉をカトウははっきりと記憶していた。
打ち合わせは午後3時、積水ハウスの東京マンション事業部があった西新宿のホウライビル5階(後に別ビルに移転)で行われた。臨席したのは積水ハウスのC営業次長らと中間業者のA、B、そして積水ハウスとA双方の司法書士、さらにカミンスカスと長谷川が参加した。なりすましの長谷川は積水ハウスと初めての顔合わせとなった。
面談の場では本人確認書類としての偽造パスポート、改印して出した本物の印鑑登録証明書、住民票の元本及び偽造の権利証のコピーなどが提示された。実はこの日の面談には、事前に「地主と内縁関係のマエノ(宮田)も来る」と伝えていたが、本人は姿を見せず、長谷川は「喧嘩をした」と苦しい言い訳を強いられた。
実際のところ、宮田は商談相手が大きくなっていくことに恐れをなし、数日前に「前周りから抜けたい」と自身の上司である橋田に訴え、これ以降は後方支援という形で関わることになっていったのだ。
積水ハウスほどの大手との面談になってもチームに一体感はなく、共有されたのは「大手は騙しやすい」という軽薄でアバウトな認識であり、そのなかで途中離脱するメンバーもいたわけだ。
しかも、面談の席で長谷川は現住所を直筆する際にミスを犯した。