――学校行事には来てくれましたか。

杏ちゃむ ほぼ来たことがないですね。授業参観や運動会など、保護者参加のイベントは「来ない」のがデフォルト。たまにいると、同級生が「いるんだ」と珍しがるくらいです。

――当時の同級生からはどう見られていたのでしょう。

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杏ちゃむ 難しいですよね。暴力などのわかりやすい虐待はまったくなくて、両親は「子どもと一緒にいること」ではなく「お金をかけること」で愛情を示していましたから。最新のおもちゃやゲームもすぐに買い与えられて、「いいなぁ」と羨ましがられました。でも行事には来ないというアンバランスさがあって。

写真は本人Xより

「親がいない」「家を出られる」「金がある」の三拍子がそろうと…

――「親不在」のまま学年が上がると、どうなるのでしょう。

杏ちゃむ 小学校高学年になると、地元の先輩に顔が利くようになるんですよ。「親がいない」「家を簡単に出られる」「金がある」と三拍子揃っているので、居場所がなくてたむろしている連中とすぐに顔見知りになって。田舎でコミュニティも狭いので、ヤンキーの先輩と仲良くなるまで時間はかからなかったですね。

 中学生になって私自身もグレるわけですが、教師に怒られて親を呼び出されても来ないし、ある意味で「最強」なんです。来たとしても、親も「すみません」程度で、特に怒られることもなくて。

――親に対して「仕事のことしか考えてないな」と感じ続けていた。

杏ちゃむ そうですね。鮮明に覚えているのが、小6のとき、その日は珍しく家族全員が揃っていたときのことです。親に対して言いたいことがあったけれども、うまく言えず、2人の目の前で手首を切りました。当然、血が結構な勢いで流れます。

 父は驚いた様子で応急処置をしてくれて、病院まで付き添ってくれました。でも母は、手首が切れたのをはっきり見ましたが、特に緊急性を感じなかったらしく、仕事に出かけたんです。

――徹底していますね。その後、病院では何と言われましたか。

杏ちゃむ 精神科の医師から「なにか嫌なことがあるの?」と質問されたと思います。その後、精神科に入院することになりました。退院後、中学校へ行っても教室には向かわず、「心の相談室」みたいなところに通っていました。