――どんな環境だったんですか。

杏ちゃむ 一列に並ばされ、社訓を言わされるんですが、上司が「声が小さい」と思った人がいたらすぐに振り出しに戻って言わされるんです。無駄な飲み会は多く、寝れないし帰れない。カプセルホテルに泊まることもありました。それに、3ヶ月の研修期間中は給料が一切支払われないんです。2ヶ月で辞めた私は、一度も給料をもらえませんでした。辞意を伝えても認めてもらえないので、母にお願いして電話をしてもらいました。でも上司は母にさえ食って掛かったようで、埒が明かず、結局“バックレ”た形になってしまいましたね。

――ブラック企業を辞めた後、両親は一般企業への就職を求めてこなかったのでしょうか。

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杏ちゃむ もちろん両親としては「ちゃんと就職してほしい」と思っていたと思います。ただ、退職後に私が芸能の仕事を再開したときも「少しの休養期間だろう」と見守ってくれていましたし、最終的には「自分でちゃんと生活できるならどんな仕事でもいい」と言ってくれたんです。

 同業者からの心無い言葉をバネに

――そこからどうやってプロレスラーに?

杏ちゃむ 地元・長野県でプロレスの試合があると聞いて観に行くと、そこで「プロレスが好きならやってみない?」と誘ってもらえて。東京で活動していることを伝えると、関係性のある団体を紹介してもらえたんです。

©ニット・チ・ダルマ

――過去に格闘技の経験はあったんですか?

杏ちゃむ 9歳の頃には空手を、17歳くらいの頃にはキックボクシングとムエタイをやっていましたね。ただ、入門から2週間くらいでプロレスのデビュー戦が決まってしまったのには驚きました……。チラシで自分のデビュー戦を知ったほど急で(笑)。毎日8時間くらい練習しましたが、そんな付け焼き刃でどうにかなるわけもなく、散々な試合をしてしまいました。

――グラドルとしての知名度ゆえに、実力に見合わない人気があって、いじめられたりは……。

杏ちゃむ 厳しい意見を言われる場面は多かったですね。グラビアアイドルだから呼ばれたような試合もありましたし。厳しい練習を続けてきた人からみれば、ぽっと出が何らの基礎もなく試合に出たら面白くないのは当然だと思います。

 同業者から、侮蔑を込めて「そういう枠の子でしょ?」「ミックスドファイト(男女混合で行われる試合形式)でしか需要なくなっちゃうよ」と言われたこともあります。