現場の「におい」がする作品
三浦 青木さんの作品はどれも、執拗なぐらいに現場の「におい」がするんです。ノンフィクションの書き手は、自分の体験を綴る「当事者」としてのスタイルと、取材やインタビューを通して物事を描く「取材者」のスタイルに二分され、そのバランスで特徴づけられると思います。青木さんは、この両方がちょうど半々というか、とてもバランスがいい。あと、すべての作品に通底するものとして、アメリカの「におい」がある。今回の作品も読んでいて、1970年代の、熱くて眩しかったころの、僕らが夢見ていたアメリカの「におい」がするな、と。
青木 確かにそうかもしれない。はじめて76年に西海岸に、78年にニューヨークに行って、カラフルで、サイケデリックで、自由な魅力に溢れていた、あの頃の空気を知っているのは執筆するうえでも大きかったです。
三浦 そして、特に印象に残ったのは、今回の作品の主人公のひとりでもあるオノ・ヨーコです。彼女の本名は小野洋子で、チャップマンの日系人の妻の名前が、グローリア洋子(ひろこ)。読み方こそ違えど、漢字で書くと同じなんですよね。この“発見”が作中のひとつの肝になっている。
ボツになった「文藝春秋」の対談原稿
青木 最初は、タイトルを「二人の洋子」にしようと思っていたんですよ。オノ・ヨーコさんは、すごく書くのが難しい人なんです。というのも、インタビューしても、とてもアーティスティックな人なので、私たちの思うような答えが出てこない。「私は今、この木と話しています」みたいにね(笑)。実は、彼女がジョンの死後、初めての展覧会を開いた時、私は「文藝春秋」の仕事でインタビューしたんです。案の定、苦労しつつも、なんとか書き上げて原稿にしたのだけど、ボツになりました。
三浦 えっ! 本当ですか? オノ・ヨーコのインタビュー原稿を?
青木 どうしても内容に無理が生じているのを編集者に見抜かれたんでしょう。仕方ないので、オノ・ヨーコさんには「すいません、ボツになりました」と手紙を書きました。そしたら、素晴らしい達筆で「これから頑張りなさい」と励ましの返事をくれたのは感動的ですらあった。こんな一面もあるのかと思ったのをよく覚えています。
三浦 いい話だなあ。それにしても、「文藝春秋」……。
青木 ねえ(笑)。ただ、1978年に初めて『ライカでグッドバイ』の元になった沢田教一のノンフィクションが「文藝春秋」に載って、世に出た時から一番信頼する編集者の言うことですから、それが正解だったのだと思います。
