エプスタインにかつて雇われていたフアン・アレッシィは宣誓供述書のなかで、その少女がフロリダのエプスタイン邸をよく訪れていたと言及した。
数年後にエプスタインの自家用機の乗客名簿に彼女の名前があったこともわかっている。
「彼女は友人として屋敷に来たのだと思います」と、2005年に警察と州検察局に提出した供述書でアレッシィは述べた。
2020年1月、インターロッケンでエプスタインと出会い、同じような目に遭ったという女性が訴訟を起こした。13歳のときキャンプに参加し、エプスタインとギレーヌ・マクスウェルに出会ったと主張している。
授業の合間にひとりでベンチに座っていたところ、ふたりに声をかけられ、自分たちは芸術の後援者(パトロン)で、あなたのような才能ある若い芸術家に奨学金を与えたいと考えている、と言われたそうだ。
ふたりは家族や経歴について尋ね、彼女はフロリダで母親と一緒に暮らしていると答えた。エプスタインに電話番号を訊かれ、彼女は居心地の悪さを感じながらも教えたと訴訟記録に残っている。
少女を自分たちの好みに育てようと
エプスタインは、若い才能を支援する方法について少女の母親と打ち合わせを始め、やがてふたりをパームビーチの屋敷に招いた。運転手に自宅まで迎えにいかせた。
それから数カ月間、エプスタインとマクスウェルは13歳の少女を自分たちの好みに合わせて育てようとした。エプスタインは自分を「ゴッドファーザー」と呼ばせ、マクスウェルは彼女に姉のように接したと訴状にある。
エプスタインたちは少女を映画や買い物に連れ出し、屋敷で一緒に過ごす時間も増やしていった。やがて、性的なほのめかしが会話に交じるようになる。
たとえば、マクスウェルは少女に、昔の恋人とは簡単にセックスできると言った。「だって、一度寝てしまえば面倒くさいことはなくなるから、いつでも好きなときに戻ってセックスすればいいのよ」と。
エプスタインたちは少女の着る服を選ぶようになり、綿のショーツを穿はくように指示した。少女が屋敷を訪れるたびに、帰りには、「夫を亡くして苦労しておられるから」という理由で母親への2~300ドルを預けていたという。
エプスタインは、少女の音楽のレッスン料を負担するようになり、少女がエプスタインの性的な誘いに抵抗すると、エプスタインとマクスウェルは恩知らずと責めた。
