鈴木は東京生まれだが、小学4年生のときに神奈川・茅ヶ崎の学校に転校して以来、ひとりですごすことが多かったらしい。中学時代にはバスケ部の部長になったものの、体を壊して途中で離脱したため、“みんな”と距離を感じていたという。
県立鎌倉高校に進学後も、家が遠かったので、学校帰りに友人たちとファーストフード店でおしゃべりしていても途中で自分だけ帰らないといけなかった。ここでもグループに乗り遅れている気がして、悶々としていたという(鈴木保奈美『中途半端な旅人は語る』小学館、2026年)。
デビューのきっかけはホリプロスカウトキャラバン
そんな鈴木が高校の1年と3年のときにホリプロタレントスカウトキャラバンに応募し、2度目の挑戦で特別賞を受賞した(ちなみにこのときのグランプリは井森美幸)。
応募した理由には、オーディションの会場がラジオ局のスタジオだったので、そこに行けば誰か歌手に会えるかもしれないというミーハー的な気持ちがあった。しかし、より深い動機としては、先に引用したような事情から、「芸能界に入れば、自分から人に関わっていかなくても疎外されずに済むんじゃないか」という思いがあったという。
仕事が忙しくなり、成城大学は6年で中退
スカウトキャラバンで特別賞を受賞した翌1985年、成城大学に入学する一方で、NHKのオーディションに受かり、単発ドラマ『匂いガラス』に準主役で出演する。これが俳優としての事実上のデビュー作だが、放送されたのは撮影から1年半ほどあとになった。
1985年12月には翌年のカネボウの夏のキャンペーンガールに選ばれ(発表されたのは翌春)、CM撮影で海外へ行ったり、挨拶とサイン会で全国を回ったりと多忙をきわめた。おかげで大学にはなかなか通えなくなり、結局、6年で中退している。
