全裸で地中に埋められたメンバーも…

・1月30日:大槻節子(同28歳)と片岡利明(同23歳)が飢えと寒さで死亡。

・2月4日:金子みちよ(同24歳)が飢えと寒さで死亡(妊娠8ヶ月で胎児も死亡)。

・2月12日:加藤能敬(同27歳)が凍傷と衰弱により死亡。

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 犯行は森と永田が主導し、その恐怖政治のもと他のメンバーが実行。犠牲者(全員が高学歴)の12人(男8人、女4人)は全裸で土中に埋められた。

 事件後、メンバーの脱走が相次ぎ、組織壊滅。1972年2月17日、森と永田が逮捕され、残った坂口、坂東、吉野ら5人が長野県のあさま山荘に人質を取って立てこもり、10日間の銃撃戦で警官2人を殺害。2月28日に逮捕された後、坂口の自供により集団リンチ事件が発覚した。

 森は裁判が始まる前の1973年元旦に東京拘置所で首吊り自殺(享年28)。独房には次のような遺書が残されていた。

〈御遺族のみなさん。十二名の同志はぼくのブルジョア的反マルクス的専制と戦い、階級性、革命性を守ろうとした

 革命的同志であった。責任はひとえにぼくにある。同志のみなさん 常に心から励まして下さってありがとう。お元気で。父上、ぼくはあなたの強い意志を学びとるべきだった。

 強い意志のない正義感は薄っぺらなものとなり、変質だったのである。お元気で。愛する人へ 希望を持って生きて下さい。さようなら。荷物は坂東君に〉