生き残ったメンバーたちのその後

 永田と坂口は死刑判決を受け(永田は2011年2月に65歳で病死、坂口は2026年1月現在、執行待ち)、吉野には無期懲役が下ったが(2026年1月現在、千葉刑務所に収監中)、坂東は公判途中の1975年8月に日本赤軍メンバー5人がマレーシアの首都のクアラルンプールにある、アメリカとスウェーデン大使館を襲撃・占拠し、館内にいたアメリカの総領事ら52人を人質に取った事件で、日本政府に人質を解放する代わりに、服役中の同志の釈放を要求し、これに応じた政府当局の「超法規的措置」により釈放され国外に脱出。

昭和62年頃撮影(40歳前後)の坂東國男(写真:警視庁HPより)

 現在も国際指名手配されている。
 

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