「とにかくいつ妻子が戻ってくるのか…」下宿人生活での不安
――先生、戦中生まれですよね。
恋池 小さいときの記憶で印象に残っているのは、横浜大空襲を受けて、自分の育った町が真っ赤に染まった光景なのだそうです。だから漫画評論家としてのペンネームが「峠あかね」なんです。
戦時中はヘビも食べてたらしく、その名残なのか、ハツの煮込みとかあんこう鍋とか、作ってくれる料理も独特でした。
――下宿人としての生活は快適ではあった?
恋池 先生との関係は変わりなかったですけど、とにかくいつ妻子が戻ってくるのか不安でしたね。すごく広い部屋だったんですけど、大きい家具とかテレビとかを買い揃えることもできなくて。
――急に退去する可能性も考えて。
恋池 そうそう。いつ1Kの部屋に引っ越してもいいように、タンスも買わず、ポリプロピレンの安っぽい衣装ボックスでずっと過ごしてて。だから部屋がスッカスカで、ずっとさみしいうえに寒い(笑)。
さすがに耐えかねて、下宿をはじめて2年くらい経った27歳のとき、ご飯を食べながらご家族のことを何気なく聞いたら、「ああ、出ていくときに離婚届を置いてったなあ」とか言ったんですよね。
「籍を入れませんか?」と先生に打診したワケ
――恋池さんが下宿する前には、離婚が成立していた?
恋池 そうみたいです。早く言ってくれれば家具もすぐ揃えられたのにって(笑)。
――離婚がわかったことで、結婚を考えるようになった?
恋池 「結婚」とか「夫婦」とかって発想がもともと全然なくて、とにかく一緒にいようっていう強い意思だけがあったんです。
で、「奥さんと離婚した」っていう言葉を先生から聞いたときに初めて、「一緒にいるためには“結婚”って形がいいんじゃないか」とひらめいたというか。
それで「籍を入れませんか?」と先生に打診したんですけど、先生にとっての「籍を入れる」っていうのは、「養子縁組」だったんです。
撮影=佐藤亘/文藝春秋
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