――グラビア時代はかなり日焼けしていましたよね。
大原 あれは海で焼いたり日焼けサロンに行ったりしていました。焼けた方が少しでも細く見えるっていうのがあって、できる限り黒くしていました。海や湖で遊ぶのが好きだったので、プライベートでも普通に遊びに行っていましたし。
「下着をつけずに電車で登校していました」学生時代の知られざる秘話
――グラビア時代はHカップが武器でしたが、いつ頃から胸は大きくなっていたんですか。
大原 中学のころは身長もクラスで1番か2番目に低いくらい、成長が遅かったんですよね。その頃は胸も普通サイズで。下着をつけるのがすごく嫌で、中学2年生か3年生の時でも下着をつけずに電車で登校していました。
体重測定だということを忘れていて、私だけ保健室で上半身裸になってしまったこともありました(笑)。
――えっ、痴漢とか大丈夫でしたか?
大原 私は、痴漢かどうかが匂いで分かるんですよ。「この人、痴漢だな」と思ったら、すごく睨んで、痴漢の手が触れないようにしていたので、最終的にはあまり痴漢に遭わなかったです。
スカウトマンにしつこく声をかけられて…芸能界デビューのきっかけ
――芸能界にはどうやって入ったのでしょうか。
大原 中学の頃から私立の学校に通っていたので、学校の場所的に新宿で遊ぶことが多かったのですが、その頃って今よりもずっとスカウトマンが多くて。芸能事務所なのか、キャバクラなのか、セクシー関係なのかはわからないんですが、毎日のようにスカウトされてました。毎日顔を合わせるものだから、仲良くなったスカウトマンの方もいました。
その中でしつこいスカウトマンがいて「一度だけでいいから事務所に来て社長と会ってほしい」と何度もお願いされたので1回だけ事務所に行ったんです。
そうしたら「露出的にはどこまでできるのか?」と聞かれたので「洋服を着てテレビに出られるのであれば頑張りますが、水着はNGです」などと話していたら、奥から怖い社長さんが出てきて「さっきから聞いてれば、君ぐらいのレベルで服なんかを着て、テレビに出られるわけないじゃないか!」とテーブルを思いっきり叩きながら言われて、怖くて逃げたことがありました。
そんな経験があったんですが、19歳の時に六本木でスカウトされて。その方の繋がりでカメラマンの山岸伸さんを紹介していただき、山岸さんの事務所に行った時に、ちょうど芸能事務所「フィット」の社長さんがタイミング良く来られて。その社長さんがすごくいい方で、親身になって話してくれたので、ここなら安心できるなと思い入りました。



