「番組を2本撮り終えてから病院に行きましょう」骨折したままテレビ出演

――ええっ(絶句)。

大原 それで次の朝にマネージャーさんが車で迎えにきてくれて、このまま病院に連れて行ってくれるのかなと思ったら「すいません、大原さん。ちょっと時間がないので一度現場に行って、番組を2本撮り終えてから病院に行きましょう」と言われて。

――今なら大問題になりますね……。

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大原 さすがに肺が痛すぎたので、マネージャーさんに「大声を出すと痛いことを番組スタッフさんに伝えておいてください」とは言ったんです。

 それで番組オープニングの撮影が始まったんですが、当時のテレビってオープニング命ですごく大切だったんです。

 なので痛みを堪えながら「どうも、こんにちはー!」と言うんですけど、大きな声が出ないからスタッフさんが納得してくれず「はい、もう1回!」「気合を入れてもう1回!」って何度も何度もやらされて。

 最後は「肺が痛いかもしんないけどもう1回!」と言われて、痛みを我慢して気合いで大声を出して、やっと「はい、OK!」となりました(笑)。

 

――すごいですね、ひと昔前のテレビ業界。話を聞いているだけで苦しくなります(苦笑)。

大原 オープニングの後は肋骨の部分を押さえながらロケを2本撮りして、その後、病院に行ったらきっちり肋骨が折れてましたね。

 肋骨はコルセットを巻くか、湿布を貼るくらいしかできないので、くしゃみに気をつけながら、その後もレギュラー番組に出演してました。

 いま聞くと大変なことかもしれないんですけれど、私としてはそういうことも苦ではなかったです。

撮影=細田忠/文藝春秋

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