――では街を歩いていても、気づかれることが増えたんじゃないですか。
大原 渋谷を歩いていると、すれ違う人に「あっ、かおりポリスだ。逮捕してー!」と言われたり、道の反対側にいた人が私を見て、敬礼してくれたりしてました(笑)。
当時は渋谷に住んでいましたし、今みたいにSNSもないから自由でしたね。歩いていてもスマホで撮られることもないですし。大らかな時代でした。
最高月収は500万円、芸能活動に賛成していなかった父の“意外な行動”
――大原さんはレギュラー番組が5本あったこともありましたが、最高月収はどのくらいだったんでしょうか。
大原 最高で500万円ですね。本当に瞬間最大風速ですよ。CMが決まったり、写真集も昔のほうがずっとギャラが良かったりして。そこに雑誌の撮影やDVDの仕事も加わったので。
――これは贅沢したなということはありますか。
大原 私はあまり贅沢をしないタイプなのですが、贅沢というか、24歳のときに父が「トヨタのルシーダがほしい」と言っていたのを聞いたので、こっそりと見つけてサプライズでプレゼントしたことですかね。
当時はローンについてよくわかっていなかったので、現金一括で買いました(笑)。24歳というのは、ちょうど父と母が結婚した年なんです。ここまで育ててくれた感謝も込めて買いました。
――お父さんは厳しかったそうですが、大原さんの芸能活動についてはどう思っていたのでしょうか。
大原 最初の頃は「その仕事は危ない感じがする!」と言って、あまり賛成してくれませんでした。ただ、ある時、家にあった「写ルンです」を現像に出したら、父が、私の出たグラビア雑誌を持って笑顔で自撮りしている写真が出てきたんです(笑)。
そのときに「あっ、陰ながら私の芸能活動について応援してくれていたし、喜んでくれていたんだな」と感じて。それを見たときは本当に嬉しかったですね。
撮影=細田忠/文藝春秋
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