「テレビに出たいという思いはずっとありました」

――従業員はいらっしゃるんですか。

大原 今は母が手伝ってくれていますが、商品のデザインや発送などは1人でやっています。なので毎日やることが多くて。

――テレビに出られなくなっても、「Otty」があったことで生活は安定していたんですね。

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大原 細く長くではありますが、そちらの方できちんとお金は稼げていました。ただ、テレビに出たいという思いはずっとありましたし、犬服のデザインは学校に行ったり誰かに教わったわけではないので、わからないことだらけで壁にぶつかり……つらくてよく1人で泣いていました。

 

「ちょっと怖いぐらい仕事病」ほぼ休まず仕事をする日々

――会社をやる難しさってどの辺にありました?

大原 ブランドを21年間続けてきた中でいえば、時代が変われば流行りの犬種も変わってきますし、競合もどんどん増えてきます。

 私は早くに始めたから良かったですけど、ワンちゃんのお洋服やおやつ、グッズなどが売れるとわかると小さなブランドから大手企業までもがすごい勢いで参入してきて。小さなブランドは数年で撤退してしまうことも多々あります。その中でブレないようにしていくのは大変ですね。

 私はデザインや商品の発送もそうですが、イベント出展する際は20箱くらいの荷物を1人で段ボールに詰めてイベント参戦して。イベントが終われば1人で荷解きをし、その後は在庫数を数えてホームページに入れ込んだり。全て自分でやっているので、ゆっくりお休みが取れないんです。

 先日も、知り合いに「休みの日は何してるの?」と聞かれたときに「仕事している」とサラッと出てきたんです。休みができたら社内の雑務に取り掛かるし、洋服も延々と新しいものを作らなきゃいけない。時間ができたら新作商品のデザインをしているので、ほぼ休みは取ってないんです。

 ほかにも、1人で韓国や中国に生地や資材の買い付けに行ったり、ホームページに商品掲載したり、SNSにアップしたり。ちょっと怖いぐらい仕事病で、7月の3連休も1日も出かけず仕事をずっとしてました。結婚できない理由は仕事のせいだと思うようにしてます(笑)。

撮影=細田忠/文藝春秋

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