「いちばん戻りたくない過去は中学のバレー部時代」

――中学時代のバレーボールはそれくらいストイックだったんですね。

西山 小5で入った少年団が市内でも強豪と言われるようなチームで、そのチームがそのまま中学に引き継がれて……という感じだったんですけど、一方の私は全然体も動けないし、メイン選手にもなれない。本当にしんどかったんですけど、なぜかやめなかった。

――なぜ続けられたんですか?

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西山 6年生のときにチームメイトと仲良くなれたのが嬉しくて。それまでずっと、従兄弟や兄弟とばかり過ごしていたので、女の子同士で仲良くなる感覚が怖くて、入っていけないものだと思っていたんです。それが、バレーボールを通してお友達ができて、だんだんバレーもできるようになって。

 

――だから厳しい練習にも耐えられた。

西山 ほんと、いちばん戻りたくない過去は中学のバレー部時代(笑)。今でも夢に見るんですよ。監督に怒られる夢、サーブレシーブが全部飛んでいっちゃう夢、サーブがネットに引っかかる夢。私の中では相当だったんだと思います。

 親も「自分の子じゃないと思わなかったらやっていけなかった」って言うほどの生活でした。漫画に出てくるような薄いサングラスをかけた鬼監督で。

――もはやトラウマレベル。

西山 その日しごかれるターゲットになりたくない、と毎日考えてましたね。でも絶対自分の番って来るんですよ、調子が悪い日もあれば、無意識に気が抜けているときもある。

 だから、見られていなくても監督がどこかで聞いているかもしれないとか、私生活がプレーに影響してくるとか、そういう教えでした。親以外から人生を学ばせてもらったとしたら、あの監督だったと思います。

高校の家政科進学で一変、先輩のファッションに憧れて

――高校でバレーを続けなかったのはなぜですか?

西山 中学3年間でやりきって、これ以上進んだらバレーしかない人生になるなと思ったんです。今バレーが好きなまま降りて、違う人生をやってみようと思って、高校進学のタイミングで区切りをつけました。

 

――高校生になって違う人生が始まった。

西山 中学3年生まではジャージか体操着かユニフォームか、髪型の選択肢すらないような生活だったので、ファッションに興味を持つ余裕なんてまったくなくて。

 それが高校で家政科に入ったら、私服校で、女子クラスで、とにかくファッションが個性的な先輩たちが溢れている学校でした。いろんなジャンルの先輩を見て、今度はそっちに憧れるようになるんです。

 お金があるわけじゃないから全部古着とか安いものなんだけど、組み合わせ方や髪型で、自分も毎日違う格好をするようになって。ギャルの日もあれば古着でストリート系のときもあれば、B系のときもある。いろんな楽しみ方をしたのが高校生活でしたね。