「油まみれの匂いをつけながらやってました」せんべい工場のバイトで深夜2時出勤の生活
――バイトはどんなことをされていたんですか。
西山 派遣会社に登録して、いろいろやりました。夜中のせんべい工場、無印良品の仕分け、工業施設の部品集め、セブン・イレブン、ちゃんこ屋、駅前のビラ配り。
――すごい! 根性ある!
西山 せんべい工場は夜中2時出勤の朝8時までという深夜帯で、もう朝ごはん食べたくなくなるくらい油まみれの匂いをつけながらやってました。
私がやっていた派遣の仕事って、全部、商品として売られる前の、原点の作業なんですよね。でもそのときに学んだんですよ。私たちは完成品しか知らないけど、その裏側には普通の人が寝ている時間に動いてくれている人がいて、ようやく出来上がっているものなんだなって。
だからあの時間も無駄ではなかったなと今は思えていますし、表で1位を取っているものがすべての1位じゃないっていう考え方になれたのも、あのときの経験の名残です。
――ファッション誌の1ページを作り上げるのに、こんなたくさんの人が関わっているんだとか。
西山 そういうことです!
スカウトされたけれど…プライドを刺激された一言
――モデルのスカウトを受けたきっかけはなんだったのでしょうか。
西山 短大に進学するお友達に付いて行った東京で、迷子になっているときにスカウトを受けたんです。話は持ち帰ったんですけど、正直やる気はなくて。連絡先を交換すればその人から逃れられると思って交換しただけ。
でも当時の私は関心がなかったので、連絡が来てもどうでもいいや、という感覚でした。そこから意思決定までに半年、1年弱かかったと思います。バイトしながら東京に通いで月1回の撮影をしているうちに、中越震災があって、それが完全に上京するきっかけになりました。
――決断するまでに、迷いがあった。
西山 私、1つ選んだら3年は絶対に続けると、勝手に自分の中で決めているところがあって、その覚悟があるものじゃないと踏み込めないって思ってました。でもスカウトしてくださった方に「飛び込んでもいないのに決めつけるんだね」と言われて。子どもっぽいと言われたような感覚がありました。
そこには、バレーボールのトラウマがまだあって、何かに飛び込むことがもう怖かったんですよね。もう1回踏み込んだ先で、またしんどいことがあったらどうしよう、と。
でも、その一言でプライドが刺激されて、確かに言っているとおりだな、と思って。やってみて無理だったら辞めればいい、逃げ道もあると思って、やってみますと決めたんです。
撮影=深野未季/文藝春秋
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