「夢を見つけられなかった」高校卒業後に感じていた“孤独感”
――芸能の仕事への意識はありましたか?
西山 まったく。実家の本屋さんに毎月届く『CanCam』や『JJ』を、夜、紐をほどいて母たちと店頭に並べてましたけど、私にとってはそれはお手伝いの延長で、女性誌も『週刊少年ジャンプ』や『コミックボンボン』や『コロコロコミック』と一緒くたなんですよ。だから、その中の人になるなんて考えたことすらなかった。
新潟の、私たちの街でそんなことができるものだとも思っていなかったし、職業としてあるとも思っていなかったです。もう完成された雑誌だから、自分の人生とリンクするなんて発想自体がなかったんですよね。
――将来の夢は、当時どんなふうに考えていたんですか。
西山 それが、私、夢を見つけられなかったんです。家政科ってうっすら管理栄養士や保育士になりたい子が入ってくるような場所なんですけど、私はそれでもなくて。みんながどんどん夢を明確にしていく中で、なんでみんな人生で夢を見つけられるんだろう、というクエスチョンだけがどんどん大きくなっていって。
進路相談で先生と話すときも、先生も私に何もないのが分かっているから話にならないんです。夢って何? なんで持ってなきゃいけないの? みんないつ見つけたの? みたいな。
かといって大学や短大に行くにも学力が足りないのは分かっているし、せめて興味があるものは、というのもよく聞かれたけど、それすら分からなかった。
ただ、卒業が近づいてくる中で明確だったのは、何かしらの学校に行けば学費がかかる、でも本気の思いがないのにお金だけかける生活をするのはすごく失礼だな、ということでした。だからとりあえず何かが見つかるまでバイトを掛け持ちしてお金だけ稼ぐ生活にしよう、というところに着地して卒業したんです。
――いつか何か見つかるかもしれないと。
西山 でもキツかった。みんな新生活が始まって、ゴールデンウィークや夏休みに再会すると、それぞれ新しいことを始めていて、しんどい、つらいって話をするんです。
でもそれは、夢を追いかけている子たちが新しいことをやったから感じられるしんどさで、私は何もない、変わっていないから話せることがない。すごい孤独感でした。





