『だるまちゃんとてんぐちゃん』などの作品で知られる国民的絵本作家、かこさとし。初展示が目白押しの企画展「生誕100年 かこさとし展 生きるということは、本当は、喜びです」が、横浜・山手の県立神奈川近代文学館で9月23日まで開催中だ。
先月7月24日に開かれた内覧会では、長女の鈴木万里さんがその生涯と展示作品についてギャラリートークを行った。
語り手・鈴木万里(かこさとし氏長女)
構成・文春文庫部
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絵本作家誕生のきっかけは、一枚の絵葉書
父が絵本作家としてデビューするきっかけとなったのは、実は一枚の絵葉書でした。
1952年、セツルメント活動をしながら平和への願いを込めて描いた「わっしょいわっしょいの踊り(平和の踊り)」という絵を、美術展に出品しました。そして、その絵が印刷された葉書が人生を変えたのです。
内田路子(みちこ)さんという女学生が、川崎のセツルメントの子ども会を手伝うようになります。路子さんは後に絵本作家の堀内誠一さんと結婚される方で、父が尊敬する画家・内田巌(うちだいわお)さんのお嬢様でした。
やがて彼女はセツルメント活動をやめて出版社でアルバイトを始めます。その後、彼女から父のもとに、「絵本を出すことになりました」という一通の不思議なはがきが届いたのです。路子さん本人が絵本を出すのかと父が思っていたらそうではなく、実は彼女が父の紙芝居に惚れ込んで、編集長の松居直さんに「セツルメントで紙芝居をつくっているとても面白い人がいるから、絵本にしたらいい」と売り込んでくれたというのです。
さらには面会の約束まで取り付けてくれたというではありませんか。父が出版社に行くと、「絵本を出しませんか」という話になったのです。そのとき、松居さんが初めて見た父の絵は、「わっしょいわっしょいの踊り」が白黒で印刷された絵葉書でした。
もしあの絵葉書がなかったら、父が絵本作家へと至る道はなかったかもしれません。そして生まれた初めての絵本が、昭和34(1959)年に刊行された『だむのおじさんたち』でした


