内田 僕はこれを合気道の師匠である多田宏先生から教えられました。多田先生は門人が何千人も国内外にいて、ある意味神格化された存在です。門人たちは何とか先生に注目して欲しいと切望している。それに対して先生は特定の門人に決して関心を示さない。絶対に贔屓しない。「あいつは筋がいい」なんてことは絶対おっしゃらない。門人たちの相対的な優劣を一切あげつらわない。門人全員に等しく無関心なんですよ。10年ぐらい前かな、ある講習会で修了証を渡されたときに、先生は僕の名前を読み違えたんです。40年間お仕えしていた弟子なのに(笑)。

東畑 それはすごいですね。

 

破門によって人は成熟するという「ハモニズム」

内田 かなり感動しましたね。それから、自分の道場でも「門人全員に対して等しく無関心」を心がけています。門人全員が僕と等距離というのは、悪いことじゃないですよね。

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東畑 上位神のふるまいですね。僕、今、逆のパターンを思い出していて……フロイトなんですよ。フロイトはめっちゃエコ贔屓するんですよね。例えばユングを後継者に据えると決めたら、国際精神分析協会の初代会長にしちゃうから、やっかみもすごいわけですよ。そうすると何が起きてくるかというと、破門が起きるんですね。ユングが歯向かってきてフロイトに破門される。そしてまた弟子たちの争いが繰り広げられる。心理療法の世界は悲惨な破門の連続なんです。

 だけど、破門を通じてクリエイティブになっているっていう側面もあるんですよね。ユングも破門されてクリエイティブになるし、フロイトも破門することでクリエイティブになる。破門することでユングの概念を取り入れていく。兄弟葛藤があり、父親から愛されたいっていう葛藤があり、これを極限まで悩み抜いて、父親の愛を諦めるということが、おそらくエディプス・コンプレックスを乗り越えるっていう問題であり、それが成熟なんですよね。

内田 破門されることによって成熟の新しい物語が生まれる。

東畑 そう、これを「ハモニズム」って呼んでるんですよ(笑)。大体の知識人は破門されていると。人は破門されて初めて自分になっていく。でもそのためには一度愛さないといけないんですよ。破門されるほどに愛がこじれていく必要がある。愛をこじらせるだけの師匠がいて、挙句破門になっちゃうから、人は新しい自分になっていくんだっていう。これは師匠に限らないんですけど、理想化した相手への幻滅の問題です。

内田 なるほどね……。僕も破門した弟子が三人いるんですよ。どれも「愛をこじらせた」結果だと思います。それぞれ僕のあとを託してもいいかなと思った人に歯向かわれて。

東畑 破門してるんですね(笑)。無関心説とハモニズムはどうやって統一していくんですか?

内田 等しく無関心であろうと努力はしているけど、なかなかうまくいかない(笑)。どうしても多少の凸凹はあるんですよね。うちの道場凱風館の次の館長はもう指名してるんです。大学の合気道部からの教え子ですけれど、稽古に対する姿勢が模範的で、人の悪口を決して言わない性格のよい子なんです。彼女より古参の門人もいるんですけれど、みんなで彼女を支えてゆこうという気運はできていると思います。

東畑 でも、中国の王朝を見れば、内田さんの見えないところで策謀が始まっていてもおかしくないんじゃないですか。僕はけっこうそういうの好きなんですよ(笑)。やっぱり人間は誰かが後継者に選ばれると、深く嫉妬して意地悪の一つでもしたくなる。そういうのも人としての率直さとしていいなあと思うんです。ここで素直に支えるようではまだまだ修行が足りないというか(笑)、自分の嫉妬を許しているほうが人間的なのではないかと思うんです。心理療法家としてはそんなことを思ってしまう。