撮影前には下剤を飲んでダイエットをする。それが熊切あさ美の習慣だった。写真集の撮影では、打ち合わせと違う衣装に「着たくない」と言い出せず苦しんだ20代。
『元祖崖っぷちアイドルの熊切あさ美が、全肯定BODYを手に入れた理由』(主婦と生活社)より、熊切あさ美が知られざるグラビア時代の苦労を明かす。(全4本の2本目)
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生地の面積が少ない水着に悩まされた撮影
崖っぷちアイドルとして売り出してからは、グラビアの仕事も多くなり、写真集も出しました。ヘアヌード写真集のオファーもありましたが、「ヌードにはならない」という決意は今でも変わっていません。
チェキッ娘を卒業する際、チェキッ娘のプロデューサーさんが事務所を斡旋してくださったのですが、メンバーを各事務所に引き渡す際に「チェキッ娘はヌード禁止。絶対脱がせない」という契約を各事務所に入れてくれたんです。だから私を含め、芸能界に残ったメンバーからヌードになったり、アダルト業界に行った子は1人もいないはずです。
ただ現場で用意されている衣装が、打ち合わせのときと違う際どいものに変わっていることがありました。生地の面積が小さい水着などです。当時は今のようにタレントの権利が守られていない時代です。私のような売れっ子でもないタレントが現場で「着たくない」とは言いづらくて、つらい気持ちを抱えながら撮影したこともありました。
撮影前は下剤を飲んでダイエット
グラビアは撮影前の体形維持も大変でした。食後にお腹がポコッと出るタイプなので、撮影前は下剤を飲んで腸をぺたんこにするのが習慣になりました。でも下剤を常用すると癖になり、飲まないと便秘になってしまう体質に……。毎回、大量の下剤を持ち歩いていたものでした。
痩せている=美しいと思い込んでいて、過激なダイエットにも励んでいました。流行りのダイエットに飛びつき、まともな食事は摂らずにダイエットサプリだけを飲む日があったりしました。
当時は今のように写真を簡単に修整できず、胸は水着の中にパットを入れて盛れても、ウエストはそのまま写真に反映されてしまいます。
上がってきた写真を見て「ウエストをもう少し細くしてほしい」「肌をきれいに調整してほしい」とお願いしても、「作業料金がかかるからムリ」と言われていました。売れっ子のグラビアアイドルならまだしも、私のレベルでは予算的に難しかったのです。
24歳のときに出した写真集が最後だと思っていましたが、40歳で16年ぶりに写真集を出すことができました。このときはトレーニングで鍛えた身体で撮影ができ、20代のときのような不健康な状態ではありません。写真もデジタルに変わり、修整も簡単になっていましたが、修整しなくても自信を持ってお見せできる身体をつくっていました。
おかげさまで写真集は三刷重版し、ありのままの40歳の私が受け入れてもらえたのが嬉しかったです。
