――30歳までに目が出なかったら辞めろと?
波田陽区 はい。僕が父に約束させられたようにね。本音を言えば息子には公務員になってほしいです。定時に上がって、コロナ禍になっても仕事は無くならないし、ちゃんと休みも給料もある。不安定な時代を長く過ごしたからこそ思うんですけど。
福岡に移住して「自分を取り戻せた」
――波田さんは30歳目前で『エンタの神様』をきっかけにブレイクした後、仕事が減って7、8年辛い時期がありました。「たられば」になりますが、30まで売れずに芸人をキッパリ辞めて安定した人生を歩む人生と、一度ブレイクした後辛い数年間を過ごす人生では、どちらが良かったと思いますか。
波田陽区 うちの奥さんは普通の暮らしを望んだと思いますが、僕は今51歳になって改めて思うのは、浮き沈みの激しい芸能界で一瞬でも活躍できたとしたら、仮に明日死ぬとしても、あぁ、楽しい人生だったなって思える気がするなって。人が経験しないようなこともたくさん経験できたし、最高月収2800万もらった時も、1日50万も60万も使った時もあるし。そこからドンと落ちて仕事が無くなって。紆余曲折ありましたが、またこうして福岡に移住して結局楽しい人生になっていますから。今は福岡に来てすごく良かったと思っているし。自分自身変わったなって思いますし。
――福岡に来てどの辺が変わったと感じますか?
波田陽区 僕自身が毎日を楽しんでいるし、周りにもすごく明るくなった、元気になったって言われます。東京にいた頃は塞ぎ込んでいたので、店で知らない人にいじられても耐えることしかできませんでした。でも、今は仮に知らない人に居酒屋で「残念!がいる」と言われたとしても「どこが残念なんだよ!」と言い返せるくらいにはなったかな。自分を取り戻せたというか。仕事に対しても、今は自分で企画書を書いてマネージャーさんに渡して、テレビ局の担当者に渡してもらうこともあるし、意識がだいぶ変わりましたね。
――ちなみにネタ作りも変わりましたか?
波田陽区 今も変わらず営業に行って、人を斬る芸やってますよ。「残念!」ってね。最近のトピックス入れながら。ただ、以前と圧倒的に違うのはSNSの影響ですね。当時はSNSがなかったので、芸をやったらそれで終わりでしたが、今は動画に残ってどんどん拡散されますし。あと体型とか見た目、ルッキズムもそうだし、時代に合わせた斬り方もしなきゃなとは思います。


