1991年にデビューした大事MANブラザーズバンド。同年に発表した「それが大事」は約160万枚を売り上げ、世代を超えて歌い継がれる代表曲となった。
「インタビューでも、何でも『大事』に絡めて聞いてくるんです。『知らねえよ』って(笑)」
ボーカルの立川俊之は当時を振り返り、冗談まじりにこう語る。デビューから35年。人生を変えるような大ヒットを経験した上で、「表に出るのは性に合わない」と考えている立川に、大ヒットの裏側からバンド解散後の日々、現在の音楽活動までを聞いた。
「それが大事」のヒット後、何度も聞かれてきた「一番大事だと思うこと」。紆余曲折を経た今、立川が返した“意外な答え”とは?(全4回の4回目/最初から読む)
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デビューから35年、ますます音楽に魅了されている
――今年でデビューから35年です。長く続けてきた今、音楽とどう向き合っていますか。
立川 何十年やっても、どんどんわからなくなるんです。あるギタリストの先輩が「音楽って、10年で一個くらいしか覚えられないよな」と言っていて、「わかります」と思いました。
つかんだつもりでも、すぐに逃げていく。蜃気楼みたいなところも、あり地獄みたいなところもあります。知れば知るほど、わかった気になっていたことが全然わかっていなかった、と気づくんです。
芸術だけではなくて、人生そのものがそうなのかもしれないですね。わかっていないことがわかって、ますます音楽に魅了されています。AIという、すごい時代も来ましたし。
――立川さん自身も、AIで曲を作ってみることがありますか。
立川 丸投げして作らせてみたり、自分の鼻歌を入れて作らせてみたり、いろいろ試しています。そのまま使えるわけではないですけど、面白いことが起こるんですよ。
自分が作った曲を、自分ではない声が歌うのも、プロデュースをしているようで面白いです。人に聴いてもらったら結構好評で、「これは世に出したほうがいい」と言っていただきました。まだ発表はしていませんけど、これからやってみようかなと思っています。
僕は面白そうなものがあったら、とりあえずやってみようと思うんです。そういうところに、変なプライドはないですね。
新たに矢部美穂とのユニットもスタート
――新たにタレントの矢部美穂さんとのユニットも始まるそうですね。お二人には、もともと接点があったのですか。
立川 以前、同じマンションに住んでいたんです。まったくの偶然ですが、隣の隣の部屋でした。僕が矢部美穂の写真集を捨てに行ったところ、たまたまゴミ捨て場でご本人に出くわしたんです。思わず隠しましたけど(笑)。
今回は矢部さんの方からお話があって、彼女のお店で打ち合わせをして、デュエットが決まりました。




