「正直、天狗になっていたと思います」
2004年の『エンタの神様』で一世を風靡した波田陽区さんは、翌年から急速に仕事が減り、楽屋は個室から大部屋へ。愛想をふりまいていたスタッフの態度も「露骨に冷たくなっていった」と言う。
そんな“底の時代”に唯一支えてくれたのが、12年間、遠距離恋愛を続けた大学時代の彼女だった。仕事が減り、2人で安い部屋へ引っ越した日、波田が突然プロポーズした理由とは。(全3回の2回目/続きを読む)
ブレイクからわずか1年で仕事が激減
――2004年に『エンタの神様』をきっかけにブレイクし、趙多忙な日々を過ごした波田さんですが、2005年になると徐々に風向きが変わっていったとか。
波田陽区 番組から呼ばれることがちょっとずつ減っていきました。2004年まで一日5、6件入っていた仕事が1日1件に減っていき、休みが週1回、2回と増えていくんです。2004年後半あたりから2005年にブレイクする新しい一発屋が徐々に出始めて、2005年になったら僕は急に古い芸人といった扱いになっていました。番組に出てもみんな新しい一発屋の方に夢中になって、僕を見てワーキャー喜んでいたお客さんが、もう「ギター侍」で笑ってるのって恥ずかしい、みたいな空気になってるんです。楽屋も個室から大部屋に戻って、あれだけヘコヘコしていたスタッフさんが露骨に冷たくなっていっていきました。
居酒屋に行っても笑われるようになりました。知らない人に指を指されて「お、残念がいるじゃん。お前、最近出てないな、暇じゃん」とか。一瞬売れたと思ったらすぐ地に落ちた。芸能界の厳しさを知りました。
――辛いですね…。
波田陽区 でも、全部自分のせいなんです。2004年から次にステップアップできなかった自分のせいなんですけど、当時はどんどん腐っていきました。忙しかった時は仕事があるのが当たり前で、マネージャーさんやスタッフさんが裏でどれだけ動いていてくれているのかわかっていなかった。初めて『エンタの神様』に出てウケた時はあんなに嬉しかったのに、正直天狗になっていたと思います。忙しくてほとんど寝ていなかったのもあるけれど、ロケでも楽屋でも態度が悪かったです。仕事が減っていくとさらに不貞腐れて、ますます態度が悪くなっていきました。



