「これだ!」という理想の安倍川餅に出会ってしまった

 しかし、出会ってしまった。最初はいただきものだった。それも、包みの中が餅とは知らず、()(かつ)なことに一晩おいてしまった。開けると、紙の箱にみっしりとコインくらいの丸い餅が敷き詰められていた。皿に並べて、別添えのきな粉と黒蜜をかけた。ひとくちでちょうどよく口におさまったそれは喉にしたたりそうなほど柔らかかった。驚きのあまり声がでた。一日たった餅とは思えない。もうひとつ、またひとつ、するすると入っていく。まるで水だ、と思った。夫と瞬く間に食べ終え、その日はずっと「あの餅、おいしかったねえ」と言い合っていた。ミラー越しに我々の表情を見たタクシーの運転手に「すみません、どこの餅ですか?」と訊かれたくらいうっとりしていた。

イラスト 西淑

 どうにも忘れられず買いにいった。東京は大森の、江戸時代から続く『餅甚(もちじん)』という和菓子屋の「あべ川餅」だった。今度は買ってすぐ食べた。やはり水のようだった。もとは安倍川のほとりで売っていたらしい。安倍川餅とは、水の流れを柔らかさで表現した菓子なのかもしれない。

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2008年、第21回小説すばる新人賞を受賞した『魚神』でデビュー。09年同作にて第37回泉鏡花文学賞、13年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞、23年『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞。近著に『マリエ』『雷と走る』『眠れない夜のために』『燻る骨の香り』、食エッセイ『わるい食べもの』シリーズなど。

西淑(にし・しゅく)
福岡県生まれ。雑誌、広告、パッケージ、書籍の装幀などのイラストを手がける。千早茜との共著に『眠れない夜のために』がある。

しろとくろの偏愛

千早 茜

文藝春秋

2026年9月3日 発売

INFORMATION

記事の安倍川餅が試食できる、千早茜さんと菓子研究家の福田里香さんによるトークイベント(有料)の参加申し込みは9/5の正午まで。

イベント名: 『しろとくろの偏愛』発売記念 千早茜さん×福田里香さん トークイベント
開催日時: 2026年9月11日(金)18:00開演
会場: 文藝春秋サロン(東京都千代田区紀尾井町3-23)
出演者: 千早 茜(作家)、福田 里香(お菓子研究家)
参加費:2800円(トークイベント、サイン会、お茶菓子、特製ポストカード)
募集人数:20名
募集締切: 2026年9月5日(土)正午
抽選後の当選連絡: 2026年9月6日(日)にメールにてご連絡

参加方法: 事前申込・抽選制(詳細ならびに応募フォームはこちら↓)
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfAqW-gN4O0eyPG3WmKhoU6TyqQ-YalZSYiNb9xI9Czm0s60g/viewform?usp=header

次の記事に続く サロン・デュ・ショコラで買ったチョコレートの感想を1日1チョコとして1か月間SNSにアップする千早茜がはじめて「ショコラ」を認識した瞬間