とりわけ、仕事一筋で来た男性ほど、この構造の打撃をまともに受けます。人間関係の口座を、会社という一つの場所に全部預けてきたからです。女性の方が老後の人付き合いが上手だと言われるのは、多くの場合、地域や趣味や子ども関係など、複数の場所に人間関係を分けてきたからでしょう。
では、どうするか。答えは単純で、人間関係の頼り先を分けることです。そして、これは定年の日に始めるより、今日から始めた方がいいでしょう。
配偶者一人に人間関係を預けてしまうのもNG
また、もうひとつ男性に多い危険なパターンを指摘しておきます。会社という場所を失った後、人間関係のすべてを配偶者一人に預けてしまうというものです。話し相手も妻、予定を作るのも妻、地域や親戚との窓口も妻。一見、仲むつまじい老後ですが、糸が一本しかない状態には変わりありません。その一本に先立たれたら、あるいはその一本が病に倒れたら、どうなるか。残された側が一気に孤立する例を、僕たちはいくらでも知っています。配偶者は、いちばん太い糸でいい。でも、唯一の糸にしてはいけません。
大事に思う人とは「つなぎ直し」を
一方、定年前後にやっておきたいのが、人間関係の棚卸しです。
僕は、年賀状を、70歳で学長になったのを機に、やめました。長年の習慣でしたが、区切りのいい機会に、思い切ってやめたのです。やめてみて、わかったことがあります。年賀状というのは、関係の維持ではなく、関係の「保留」だったのだな、と。年に一度、印刷された一枚を交わすことで、会いもしない関係を、何十年も冷凍保存していた。やめたら、何が起きたか。何も起きませんでした。本当に縁のある人とは、年賀状がなくても、つながり続けています。
棚卸しには、切る話だけでなく、つなぎ直す話もあります。何年も、何十年も疎遠になっているが、本当は大事に思っている友人は、誰にでも一人や二人いるはずです。「いまさら連絡するのも気まずい」と思っていませんか。断言しますが、その気まずさは、こちらの頭の中にしかありません。受け取る側になって考えてみてください。旧友から久しぶりに便りが来て、気を悪くする人がいるでしょうか。「急にどうした」と言いながら、たいていの人は、うれしいのです。疎遠の年数は、言い訳の必要がある負債ではなく、話の種がたまった貯金です。この章の宿題を一つ挙げるなら、これに尽きます。顔の浮かんだあの人に、連絡を一本。気まずさの正体が思い込みだったことは、送った5分後にわかります。