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日本のジャーナリズムの特殊性
彼は、戦後ずっと全国紙とNHKを中心にメディア史が語られてきたことに疑問を持ち、記者クラブメディアの外側にいる人たちのジャーナリズム史を研究したいと思った。
中でも雑誌に注目したのである。
〈日本の場合、テレビのニュースは基本的には受け身で視聴するものですし、新聞も戸別宅配制度によって成り立っているため、読者がその日のニュースを積極的に求めて読むものではありません〉
先日、日本人女性と結婚した彼が続ける。
〈宅配制度に支えられて、変化の必要に迫られることがあまりなかった日本の新聞は、少なくとも80年代までは各紙ともレイアウト、見出しの付け方などが非常に画一的でした。
それに対して雑誌は、日本において読者自身が積極的に買い求める数少ないメディアでした。それぞれの雑誌が読者の興味を惹きつけようと競った結果、独特の世界観を持つようになったのだと思っています〉
これは「核心をついた見方」だろう。この国の新聞記者は、記者クラブというギルドのような組織に守られて書いている上に、「書くだけ」だから売れゆきなどには関知しない。
それが「販売からの独立性」を保つとされてきたが、そのことが読者を忘れさせ、経営とつながる「ヒリヒリ感」を喪失させてきたとも言えるのである。
ちなみに、民主党政権時に日本の「報道の自由度」が11位にアップしたのは、記者クラブの枠を広げ、フリーの記者も参加させたことが大きい。
また、現首相の高市早苗が総務大臣時代に気に入らないテレビに対しては停波もありうるといったような、自民党的な統制の態度を取らなかったことも原因している。