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波乱万丈の背番号11 ヤクルト・由規が新人時代に口にした印象的なひと言

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/10/07
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苦難のリハビリ、そして感動の復活登板

 あの夏の日から10年が経った――。

 その後の由規の野球人生は波乱万丈だった。この10年間のうち、およそ半分に当たる5年間は故障とリハビリに明け暮れる日々だった。2016年には支配下枠を外れて、背番号《121》の育成選手となった。それでも、この年の7月には再び支配下登録されて、背番号《11》を取り戻した。

 16年7月9日、由規が神宮球場に帰ってきた。11年9月3日以来、実に1771日ぶりの神宮のマウンドだった。この日、僕は三塁側ベンチ上から由規の復帰登板を見守っていた。あえて三塁側に座ったのは、一塁側ベンチ内の由規の表情を見たかったからだ。双眼鏡片手に、僕はマウンドとベンチを交互に見つめていた。

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 この日、入場時に由規の復帰を後押しするための緑色の応援ボードが配布されていたのだが、三塁側も含めて球場中がこのボードで埋め尽くされていたことを、今でも鮮明に覚えている。結局、この日は6回途中まで投げて6失点で敗戦投手となった。けれども、内容などどうでもよかった。あの由規が背番号《11》を背負って、神宮球場に戻ってきただけで十分だった。

 そして7月24日、今度はナゴヤドームでの中日戦で、由規は勝利投手になった。心の奥底にある不安を押し隠すかのように、「これで、由規は大丈夫だろう」と、僕は信じようと努めた。でも、今から思えばそれは、「この夏休みがいつまでも続くといいな」と無邪気に思っていた小学生のような心境だったのかもしれない。残念だけれど、夏はやがて終わり、秋は必ず訪れるのだ。

重く切ない、背番号《11》の不在

 そして、18年シーズン。前日にCS進出を決めていたヤクルトは、翌10月2日の横浜DeNAベイスターズ戦にも快勝。バレンティンの2本のホームランという援護を受けて、高橋奎二はプロ初勝利を手にした。ヒーローインタビューを受ける高橋の言葉は初々しかった。プロ3年目、21歳の若者の晴れ舞台。それを見守るファンも、報道陣に促されて高橋と固い握手を交わす小川淳司監督も、本当に嬉しそうだった。これで今シーズンの2位が確定。CSファーストステージは本拠地・神宮球場で行われることになった。

 ここで僕は、改めて背番号《11》の雄姿を思い出す。東日本大震災が起こった11年の由規は、東北出身者として何かを背負っていたような鬼気迫るピッチングを続けていた。前年にはキャリアハイとなる12勝をマークしていた。目の前には明るい未来しかなかった絶頂にあった。それが、11年の震災以降、何かが変わったように思えた。そして、この年の9月に故障のため戦線離脱。その時点まで快進撃を続けていたチームは、由規の離脱と軌を一にするように急激に失速して首位陥落、CSでも中日に敗れた。

 あのとき、「ここに由規がいれば……」と感じていたのは、決して僕だけではないだろう。今年、小川監督の下でヤクルトはCS進出を決めた。そこに背番号《11》の姿はない。背番号《47》を背負った高橋奎二という、期待の新鋭の登場は素直に嬉しい。けれども、背番号《11》の不在が、こんなにも重く苦しくのしかかってくるとは、予想もしていなかった。風は肌寒く、ビールも真夏ほどおいしくない。ライトスタンドから見える日本青年館はいつの間にか出来上がり、すでにホテルは操業を始めている。新国立競技場もあっという間に完成するのだろう。

 まるで、真夏のような存在だった由規。季節は移りゆくものだということは頭では理解している。そして、時期が来ればまた新しい夏がやってくることも知っている。由規が去り、高橋奎二が登場した。19歳の梅野雄吾、24歳の中尾輝も台頭してきているし、ファームには20歳の寺島成輝も控えている。新しい夏、ニューヒーローに対する期待はもちろん大きい。それでも、ついついあの夏の輝き、背番号《11》のまばゆすぎる雄姿に思いを馳せてしまうのも、やはり事実なのだ。

 神宮球場での残り3試合には、背番号《11》のユニフォームを着てチームに声援を送るつもりだ。何も意味のない独りよがりの振る舞いかもしれない。でも、そうでもしなければ、この胸の内にある動揺を抑えることはできないのだ。あなたは、燃え盛る真夏の太陽のような投手だった。その一方では、光と影の織り成す強烈な陰影が切なさを呼び起こす選手だった。僕は背番号《11》の雄姿を、決して忘れない。さらば由規、ありがとう由規――。

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