「他の選手には申し訳ないが…」球団が岡田に取った“特別措置”とは?

 相思相愛だったが、1つだけ気がかりがあったという。

「指名してくれた他の5球団は俺のためにサードを空けて待ってくれていたけど、唯一そうじゃなかったのが阪神やったわ」

 阪神には“不動のサード”掛布がいたからだ。岡田がプロ1年目だった1980年、掛布は自身初の開幕4番にも座ることになる球界屈指のスター選手だった。

ADVERTISEMENT

 球団は期待のルーキーに対して掛布を自然と意識するような環境を整えた。兵庫県西宮市にあった選手寮・虎風荘へ入寮する際には、かつて掛布が使用していた406号室を与えた。当時のデイリースポーツには、「他の選手には申し訳ないけど、岡田君がピッタリだと思います」という球団関係者のコメントまで掲載されている。

©文藝春秋

 1981年の米アリゾナ・テンピでの春季キャンプでは、2人を同部屋にした。掛布の背番号「31」と岡田の背番号「16」を合わせた「316」号室。いかにも関西のノリらしい話題作りでもあった。もちろん球団には2人を近い距離に置くことで、相乗効果で刺激し合って欲しい、という考えもあったに違いない。

 この時、岡田23歳、掛布25歳。若かりし2人には、アリゾナキャンプではこんな息の合ったコンビネーションのエピソードも残っている。

 渡米の前、2人は空港の免税店で高級ブランデー「ルイ13世」を買い込んだ。滞在先ホテルでの練習後の楽しみに、と持ち込んだのだが、早々に飲み干してしまった。

 空瓶になった「ルイ13世」を見ていた岡田がある“イタズラ”を思いついた。安物のブランデーを買ってくると、おもむろに空瓶に注ぎ込んだ。そして、掛布は別の部屋にいたチームメイトを「いい酒がある」と部屋に呼んだ。何も言わずに、自作の“偽ルイ13世”を振る舞う岡田と掛布。そうとは知らないチームメイトは、喜んで次々に杯を空けていった。

「やっぱりルイ13世って美味いなぁ!」

「こんな酒、飲んだことないわ!」

 嬉しそうに飲む仲間の姿を見て、2人は目を合わせて大爆笑――岡田はその時のことを思い出すと楽しそうに笑った。

 「みんな気づかへんのよ。香りは残ってたかもしれんけどな」

 若い頃にはそんなほほえましい逸話もあった2人だが、次第に別の空気が漂い始める。