「ミスタータイガース」こと掛布雅之。1985年、球団初の日本一を遂げた阪神タイガースにおいて中軸を担った打者である。輝かしいその活躍とは裏腹に、当時は同じく中軸打者で年齢も近い岡田彰布との「不仲説」をささやかれ、成績が悪化した際には地獄を見たことから「マスコミもファンも大嫌いだった」と振り返る。
そんな掛布が語る「虎の4番」の重圧や、条件とは? デイリースポーツで長らく「岡田番」を務めた西岡誠氏による新著『7657日の孤独 岡田彰布は阪神タイガースに何を遺したのか』から抜粋してお届けする。
◆◆◆
「掛布と岡田、不仲説」当人たちはどう思っているのか?
岡田が「理想の4番」として名前を挙げ、「意識する存在」だと認める掛布に、私は会いに行くことにした。掛布から見た“岡田評”を改めて聞いてみたかった。もう1つ、岡田の求める「4番の姿」とは何かが、掛布の言葉の中に見えてくるかもしれないと思ったからだ。
これまでも記者として掛布を取材したことはあったが、こうして正面から1対1の取材申し込んだのは初めてだった。待ち合わせたのは大阪府豊中市内のホテルの喫茶室。掛布は約束した時間通りに、いつもテレビでよく見る目尻を下げた柔和な笑顔でやって来た。
「よろしくねー」
3度の本塁打王に輝き、通算349本塁打を放った大打者とは思えないくらい、いつ誰に会っても陽気で気さくな“おっちゃん”だ。
「お互いに分かっているものがあるから。皆さんは俺とオカは仲が悪いとか言うけど、全然そんなことない。“ON”にしたって、一緒に食事へ行くとか行かないとか、そんなレベルの話じゃないやん。現役時代は俺が4番にいてオカが5番にいて。2人とも頑張ったからクローズアップされていったと思うよ。ライバルという感じではないんだけど……チームとして考えれば逆にいい関係だったよ」
掛布もまた不仲説を一笑に付したところで、岡田が「理想の4番」として掛布の名前を最初に挙げたことを伝えた。すると、掛布はソファの背もたれに体を沈めて柔和な表情を一層緩ませた。
「オカがそう言ってくれることは、すごく嬉しいよね」
