投手交代を告げると、球場には大ブーイングが
しかし、8回表だった。先頭の8番・木浪がセカンドゴロに倒れると、岡田が3塁ベンチを出た。次の9番打者は、ピッチャーの村上だ。神戸市内にあるデイリースポーツ本社の編集フロアで、仕事をしながら試合をチェックしていた私は、テレビ画面の前で作業の手を止めた。
(あぁ……監督なら、やっぱり代えるか……)
編集フロアに並ぶ複数台のテレビは、常につけっ放しで普段は音をほとんど消してある。周囲がざわつく中で、私は目の前のテレビの音量を上げた。
「7回までパーフェクトピッチングの村上、ここで交代です!」
まくし立てるような実況が響く。同時に、阪神ファンも巨人ファンも関係なく、スタンド全体から、驚愕や嘆息が入り交じったブーイングが大音量で聞こえてきた。岡田は、その声がまるで聞こえていないかのように表情を変えず、球審の元へ歩み寄り、代打を告げると、すぐにベンチへと踵を返した。
私はテレビ画面を注視し、岡田が映るのを待った。再びテレビカメラに抜かれた岡田は無表情だった。何事もなかったかのように監督専用の椅子に深く腰かけ、グラウンドを見つめていた。スタンドはまだ騒然としていた。
(監督、迷わなかったんかなぁ……)
ふと私の脳裏には、16年前の、今も語り継がれている伝説の交代劇がよみがえっていた。
名将・落合博満も似たような決断を下した
2007年11月1日、中日対日本ハムの日本シリーズ第5戦。日本一に王手を掛けていた中日の先発・山井大介は8回まで完全投球を続けていた。ナゴヤドームには、達成すれば日本シリーズ初となる快挙への期待感が充満していた。
スコアは奇しくも2023年の村上と同じく1対0。中日が1点リードして迎えた9回表だった。球史に残る大偉業まで、アウト3つ――というところで、中日の監督、落合博満はベンチを出た。そして2023年の岡田とまったく同じように、顔色を変えることなく山井からクローザー・岩瀬仁紀への交代を告げた。
その場にいた中日ファン、日本ハムファンだけではない。中継を見ていた視聴者、野球関係者、我々メディアまでも全員が「まさか」だった。
「代える」などと思ってもいなかった観客たちは、敵味方も関係なく、中日ベンチ、落合へ向けて一斉に怒号に近い不満の声を上げた。異様なムードの中、マウンドに上がった岩瀬は、打者3人で見事に抑えてスコアボードに0を刻む。中日の日本一は決まった。
