それは裏を返せば、雑草の生い茂る空き地の中に古びたレールを見つけて……などという“廃線巡りの楽しみ”にはやや乏しいということでもある。が、線路が現役時代のままに残っているのだから、跡を辿るのはずいぶんと楽ちんだ。
名古屋港線の廃線跡は、しばらく新幹線の高架に沿って南に向かう。東海道線と分かれたばかりの尾頭橋駅付近では並行する道路と同じレベルに線路が通っていたが、そこから少しずつ登り坂。新幹線と同じ高さの築堤へと駆け上ってゆく。つまり、名古屋港線の現役時代には新幹線と貨物列車が並走したこともあったということだ。一度も目撃したことはないけれど。
しばらく築堤を見上げながら歩いてゆく。沿線はというと、完全な名古屋の市街地のド真ん中だ。ときおり、というより結構頻繁に、新幹線が轟音を響かせながら通り抜けてゆく。
廃線跡、そして新幹線沿いの住宅地の中には、ところどころフェンスに囲まれた緑地がある。フェンスには、名古屋新幹線公害訴訟の和解に基づいてJR東海から名古屋市が借り受けて地域住民のために云々、といったことが書かれた看板がぶら下がっていた。
新幹線に反対する類いの訴訟はしばしば耳にしてきたが、実際に新幹線の高架沿いを少し歩くだけでも、行き交う新幹線の音には耳を塞ぎたくなってしまう。これを聞き続ける生活はなかなか大変に違いない。新幹線の利便性を享受するだけではわからない暮らしの一端が、名古屋港線の廃線沿いに潜んでいた。
「消えた踏切…」週3日だけの列車
ともあれ、そのまま廃線跡に沿って南に進むと、築堤が左にカーブしてゆく。地図を見ると名古屋港線はほとんどまっすぐ南に向かう。なのに、なぜ……。


