バイト先は自由が丘のメキシコ料理店。母親の知人が営む店で、当初は「うちは大学生でも大して仕事できないから、高校生なんかできるのかしら」と渋られたが、そこは如才なくこなした。校則ではアルバイト禁止だったが、そんなことは意に介さなかった。さらに当時の愛車だったKAWASAKI Z400FXを甲州街道で八王子まで駆り、バイク店でも掛け持ちをしていた。

渡英直後、小松は英語学校で思わぬ幸運に恵まれる。本来は初級クラスに入るはずが、定員オーバーのため中級クラスに回された。周囲はスイスから来た銀行員など、流暢に英語を操る猛者ばかり。

「もし、日本人が多い初級クラスに入っていたら、おそらく語学力は全く伸びなかったと思います」――結果的にこの事故が、語学力を一気に押し上げた。

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「人の5倍かかるなら5倍勉強するだけ」

だが、本当の試練は大学進学後に訪れる。少人数のファウンデーションコース(大学予備校)から一転、大学1年では120人の大講堂で授業を受けることに。

「当時の大学には留学生がほとんどいませんでした。120人の大講堂で、外国人はおそらく3人程度。もう危機的状況でしたね」

教授の言葉を聞き取ろうとしているうちに授業はどんどん先へ進む。数学、物理という不得手な科目が、さらに追い打ちをかけた。

「分からないからといって、手を挙げて授業を止めるわけにはいきません。英語を聞き取るだけで精いっぱなのに、内容もまったく理解できない。本当に死に物狂いでした」

同居していた友人は、勉強せずとも頭がいいタイプだった。過去問をひとつ解くだけで、あとは何もしない。

「彼は頭が良いので、一問解くだけですべての本質を理解してしまうんです。私のように本質をすぐに見抜けない人間は、パターンを学習するしかありません。何問も例題を解き続けて、ようやく『こういうことか』とぼんやり見えてくる。理解するまでに、少なくとも5倍、下手をすれば10倍の時間がかかりました」