ここでタイヤやダイナミクスのエンジニアとしての実績を積み、2006年にルノーF1へ移籍。ミシュランからの評価を経て、2011年にはレースエンジニアとしてヴィタリー・ペトロフを担当。2012年にチームがロータスへ改称されると、才能はあるが荒れたドライバーとして知られたロマン・グロージャンのレースエンジニアを任される。
度重なるクラッシュや不祥事を起こしていたグロージャンを地道に支え、エンジニアとしてF1界でその名を知られるようになった。
2016年、グロージャンとともにチーフエンジニアとしてハースF1へ移籍。そして2024年1月、前任のチーム代表ギュンター・シュタイナーの退任を受け、小松は48歳でチーム代表に就任する。こうして前年ランキング最下位に沈んでいたチームの立て直しを託された。
70年を超えるF1の歴史のなかで、日本資本ではないチームの代表を日本人が務めるのは初めてのことだった。就任からわずか開幕第2戦でポイント獲得と、その手腕はすぐに結果として表れ始めていた。
「トヨタに良いイメージはなかった」
代表就任からほどなく、小松の元にトヨタのモータースポーツ活動を担うTOYOTA GAZOO Racing(TGR)側から提携の打診が入る。トヨタは2009年限りでF1から撤退し、現在も自前のチームで参戦しているわけではない。では、なぜハースに声をかけたのか。
当時、TGRはイギリスのF1チームであるマクラーレンと協力関係にあった。小松の頭に浮かんだのは単純な疑問だった。
「すでにマクラーレンと一緒にやっているのに、なぜうち(ハース)に声をかけるのか」
率直にぶつけた問いへのTGR側の答えは、思いがけないものだった。マクラーレンは「なかなか人を育てない」、「スポンサーとしか扱ってくれない」という。つまりトヨタ側が技術提携を目的としていたが、それが叶うことはなかった。
「それを聞いて『それなら一緒にやれる』と思いました。我々が求めているものと完全に一致していたからです。単なる資金提供のスポンサーではなく、技術的に協力し合える真のパートナーを求めていましたから」