「私もこうならないとダメだ」帝国劇場の客席で号泣したワケ

――そんな中、お友達の出ている舞台を見たことが瀬戸さんの気持ちを変えたそうですね。

瀬戸 同じ「サンズエンタテインメント」に所属していた富田麻帆さんが帝国劇場でのミュージカル『レ・ミゼラブル』にコゼット役で出演したんです。麻帆は子供の頃からミュージカル『アニー』にも出ていて、その後もずっとレッスンを続けていたんです。

『レ・ミゼラブル』って事務所の力だけで出演がどうにかなるものではなくて、麻帆はオーディションで、自分の力でその役を勝ち取ったので、本当に実力のある人なんです。

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 これまでの努力がきちんと実を結んで、大きな舞台に立っている。そんな彼女を間近で見ていたこともあって、帝国劇場の客席で号泣したんです。「私もこうならないとダメだ」って。

 私は事務所のプッシュで何とか仕事ができていた一方、麻帆は自分の実力で仕事を取った。そこに大きな違いを感じてしまって。実力をきちんとつけないと、このままではいつか芸能界から消えていってしまうと思ったんです。

 

スポーツ新聞で「瀬戸早妃、引退」と報道されて…

――そこで野田社長に、事務所を退所し、勉強のためニューヨークへ行きたいと直談判するんですか?

瀬戸 まずマネージャーさんに伝えました。このまま仕事を続けるのは、自分にとってプラスではないという話をしたと思います。

――事務所を辞めずとも1年間の休業などの手もあったと思うのですが、事務所を辞めると瀬戸さんから伝えたんですか。

瀬戸 私から言いました。しばらくお休みして勉強したいと伝えたら「それはできない」と言われて、最終的に事務所を辞める決断をしました。そもそも私は事務所を辞めるだけで、芸能界を辞めるつもりはなかったんです。

 でも当時の芸能界は暗黙のルールで、他の事務所への移籍は簡単にはさせられないというものがあったんです。ただ私は芸能界の知識があったわけじゃなかったので、一回離れた事務所にはなかなか戻ってこられないとか、他の事務所にもすぐに移籍できないということを全く知らなくて。

 現在ならYouTuberやインフルエンサー等としてフリーで活動される方も多いですが、当時はそれは全くありえない時代でした。

 だから事務所を辞めると言った後、スポーツ新聞で「瀬戸早妃、引退」みたいな記事が出た時に「えっ、辞めるんじゃなくて、一度勉強して戻ってくるつもりなのに」と驚いて。結局、芸能界を離れたようなイメージになってしまったことが、その後の私を苦しめることになりました。

撮影=杉山秀樹/文藝春秋

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