さらに続けて住宅地の中を歩いてゆく。線路際まで住宅が並んでいるので、沿って歩くことは難しい。右へ左へ何度か角を曲がりながら、ようやく住宅地を抜け出たところで再び道路と線路が交わる“踏切”へ……。
が、そこには踏切はなくて、フェンスで囲われた草むす先に古びたレールが埋まっているだけだった。つまりそう、この終着駅・猿投からさらに北へと続いてゆく線路は、もう二度と列車の走ることのない廃線跡なのだ。
22年前に消えた廃駅…ホームが残っていた
近くには豊田市立の小学校が見える、のどかな田園地帯。ところどころには住宅地もあり、少しずつ豊田の市街地が拡大しているその境界線を通るのがこの廃線。2004年春に廃止された、名古屋鉄道三河線猿投~西中金(にしなかがね)間8.6kmである。
廃止から20年あまりが経って自然に帰ろうとしている廃線跡は、さらに田園地帯の中を進んでゆく。猿投駅から20分ほど歩いただろうか。廃線跡が県道348号と交差する地点に出た。かつてはここにも踏切があったに違いない。
レールやまくらぎ、また線路沿いの標識などはほとんどそのまま残っている。変わったのは、列車が来ないことと踏切が廃止されたこと、といったところか。
ところが、県道と交差するその先からは、廃線跡に入れるようになっていた。さっそく中に入ってみると、すぐ先にはホームが見える。
三河御船駅という廃駅で、レールはもちろんホームまでまるきり現役時代のままの姿で残っていた。駅前広場には駅舎はないけれど、これも現役時代から。近くには陸上競技場や野球場など、豊田市の運動公園があり、バス停の名も運動公園。しかし三河線の三河御船駅は、その最寄り駅としては充分に機能していなかったのかもしれない。
そして三河御船駅からさらに先も、廃線跡をそのまま歩いてゆくことができるようだ。なんでも、廃線跡を豊田市が名鉄から借り受けたのだとか。それを少しずつ遊歩道として整備しているというわけだ。





