完全に舗装された遊歩道ではなく、レールが残っているのが特徴といっていい。右手には矢作川の渓谷が見える。かつてこの場所には飯田街道の“枝下の渡し”(渡船場)があったという。左手を通る県道はトラックが盛んに行き交う交通量の多い道だ。

 ほどなく三河線は矢作川を橋で渡る。その橋梁も、いまでもそっくりそのまま残っている……のだが、さすがにそこまで歩いて入ることはできないし、川沿いの県道からも生い茂る竹藪がジャマをしてよくわからない。冬枯れの季節ならば、少しはハッキリ見通せるのかどうか。

「枝下の渡し」の跡
立入禁止の茂みの奥で矢作川を渡っていた。橋はいまも残っている
矢作川。「広瀬やな」が有名

 仕方がないので、県道を歩いてぐるりと迂回する。30分ほど歩いて川を渡り、その橋のたもとにあるのが三河広瀬駅だ。これまでの駅とは違い、ここには小さくも立派な木造駅舎が残っている。ホームがローカル線にしては異様に長く、かつては1面2線の規模を持っていたことも窺える。

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 駅前はというと、これまた廃駅にしては不釣り合いなほど立派なロータリー。しばらく待っていると、そこにコミュニティバスが次々にやってきた。異なる系統のバスがいっときに集まり、相互に乗り継ぐことのできる交通結節点になっているのだ。三河広瀬駅、この地域の中心的な駅なのだろう。

三河広瀬駅から枝下方面を望む。すっかり茂みの中
三河広瀬駅
三河広瀬駅はかつて1面2線だったよう。跡地はマレットゴルフ場に
三河広瀬駅。駅舎が残る

“消えた終着駅”…西中金には何がある?

 三河線の廃線跡は、広瀬の市街地からやや離れてふたつのトンネルなどで飯田街道、国道153号沿いに出る。トンネルを抜けて築堤からカーブを描きながら下ってゆき、小さな神社の参道を横切ればかつての終着駅・西中金駅だ。