元寇と聞いて、「神風が吹いて日本が助かった」という印象を持つ人は多いだろう。
『海を破る者』を書いた今村翔吾さんが調べてみると、その前から激しい外交戦があり、鎌倉武士たちは想像以上に奮闘していたという。(全3回の第1回)
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「日本最古の国難」のわりに、知られていない
――元寇を題材にしようと思ったきっかけを教えてください。
今村 まず大前提として、日本が外国に攻め込まれた戦いというのは、そもそもほとんどないじゃないですか。この規模でいうと、元寇の次は太平洋戦争まで飛ぶ。
そう考えると、日本最古の国難のわりに、「神風が吹いてちゃんちゃん」みたいなイメージで終わっている。どういうものなんだろうと調べていく中で、面白い人物を見つけたんです。
それが主人公の河野六郎通有で、彼から物語がバッと広がった感じですね。
――河野六郎通有とは、どんな人物だったのでしょう。
今村 すごく簡単に言うと、源氏・北条に次ぐ家といわれるくらいの名門に生まれながら、少し前の承久の乱で一族の大半が朝廷側についてしまったせいで、一気に没落している。
さらに没落しているところに、一族が揉め始める。「貧すれば鈍する」じゃないけど、やっぱり揉めるんですよね。
その最中に生まれたのが六郎という、言うたら最悪の状況の名家の子です。
――しかも家族間の争いも、かなり激しいですね。
今村 そうなんですよ。六郎のお父さんとお兄ちゃんが揉めていて、史料によると女性をめぐって揉めたということが書かれている。
しかも、そこにお父さんとおじさんとおじいちゃん、六郎の身内3人が1人の女性をめぐってなんかごちゃごちゃしている。
最初に見たとき、「ほんとうに昼ドラみたいな家族やな」という印象を受けましたね。
鎌倉武士は「相当奮闘していた」
――「神風が吹いて勝った」というイメージとは、実際の元寇はどう違うのでしょうか。
今村 これは最近でも知られてきていることですが、鎌倉武士が相当奮闘していたということがあります。世界レベルで見ても、かなり上位の奮闘ぶりを見せていた。
さらにもう一歩進めると、元が突然来た、というわけでは全くなくて、その前から元と外交戦を何回か繰り返しているんです。
日本からはスパイとしてお坊さんを送り込んだり、向こうも何かしらのスパイを入れたりとか。そのときの日本の外交の対応が、超強硬姿勢だったというのが、元からしたら結構驚きだったようで。これは後で読んで、僕もびっくりしましたね。
――どんな強硬姿勢だったのでしょう。
今村 当時の中世だからというのはありますが、使者が来たら問答無用で殺して追い返すという、現代だったらあり得ないような対応をしている。
一方で、朝鮮が攻められているときに援軍要請されても日本は無視している。
ほんとうの鎖国主義みたいなことをしていて、江戸時代以上に鎖国しているようなイメージですね。
