「ハンカチ王子」と呼ばれるのは、好きじゃなかった

 正直、「ハンカチ王子」と呼ばれるのは好きではありませんでした。なぜかな……最初は興味津々、みんなで「王子って何だよ」とか言いながら楽しんでいたところもありました。そうやって盛り上がるのは嫌いじゃないんですけど、でも、それはあくまで大会中の話です。

 大会の最中って宿舎にずっといるから、周りの環境がわからないじゃないですか。大阪にいる間は試合の合間に甲子園までほかのチームの試合を観に行ったり、甲子園の周りにあるショッピングモールでみんなと一緒に買い物をしたこともありました。

 新聞でもテレビでも取り上げられているのは知っていましたが、東京に戻ったらそんなに騒がれることでもないだろうって……でも、東京でもものすごい騒ぎになっていたらしく、のちにその真っ只中に放り込まれた時には、さすがに楽しむという次元じゃなくなっていました。

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 やっぱり、選手として見てほしかったという気持ちがあったんだと思います。小学生の頃から有名になりたかった。でもそれは野球選手として活躍することが前提です。なのに、甲子園でハンカチを使ったら、野球の実力じゃないところにフォーカスされた。これって、たまたまあのハンカチを使ったから注目されたんじゃないか、と思ったのかもしれません。

甲子園の激闘を終えて東京に戻ると、想像を絶するフィーバーが待っていたという ©文藝春秋

今でも忘れない「ホームラン」の記憶

 3回戦の福井商との試合は、あまり苦労した記憶がありません。覚えているのは、ホームランを打ったこと(笑)。5回に1点を先制されたあと、4番の後藤貴司が同点スリーベースヒット、5番・船橋悠の勝ち越しツーランホームラン。で、6番の僕がセンターのバックスクリーンへホームランです。アウトコースの真っすぐ、一点張りで振っていったんですよ。気持ちよく振り抜けた感触が残っています。

 春のセンバツでも、レフトへのホームランを打っているんですけど(関西との2回戦の引き分け再試合)、春も夏も両方ともヤマを張って打ったんです。でも闇雲に狙い球を絞っていたわけではなく、いつしか相手のクセが見えてくるんですよね。これは真っすぐ、これはスライダー……で、もしスライダーが抜けてきたら、こういうイメージで振ればホームランを打てるなとか、そうやってヤマを張って、実際に打ちました。

 最後は福井商を突き放して、7対1で勝ってベスト8。センバツでも準々決勝まで勝ち上がりましたから、これで春夏連続のベスト8です。でも、僕らは横浜を倒した大阪桐蔭に勝ったんだから、絶対に決勝までは行かなきゃ、というイメージで戦っていました。

 福井商との試合では船橋がいいところで打ちましたが、あの夏は毎試合、誰かひとり、キーマンが出てきてヒーローになる感じでした。僕のなかでは、あの夏は船橋と川西がヒーローだった印象です。途中、神田が代打できっかけをつくったり1年の佐々木が活躍したり、後藤や小柳がいいところで打ったり、檜垣がいいタイミングでいい仕事をしてくれたり……みんな、自分のことで必死になりながら、それぞれがいろんなものを背負って試合に臨んでいたような気がします。だから日替わりでヒーローが生まれたのかもしれませんね。

次の記事に続く 「マー君に特別な意識はなかった」ハンカチ王子・斎藤佑樹が明かす、2006年“夏の甲子園”の裏側

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