一方で、「友達みたいな関係」だったというふたり。「父と母には将来の夢をよく話していたみたいですけど、ふたりになると、当時人気だったSMAPの木村拓哉さんやドラマ『ロングバケーション』の話題など、他愛もない話ばかりしていましたね」と振り返る。
事件があった1996年。当時、順子さんは10か月に及ぶアメリカへの交換留学を控えていた。一方の亜希子さんは婚約中で翌年には結婚して家を離れる予定だった。
9月7日、順子さんは「最後においしいお店に行こう」と、亜希子さんを四谷のイタリア料理店へ誘った。
留学や結婚生活、これから始まる生活について、ふたりは胸を躍らせていた。
警察署で見た「凶器の刃物」「ガムテープ」の文字
その2日後、雨の降る夕方だった。
亜希子さんは看護助手として働いていた都内の病院で突然、電話を受けた。
「お宅が火事ですよっていう電話がかかってきた」
父・賢二さんは出張中で、美容師で母の幸子さんは出勤する時間。順子さんは自宅にいるかもしれない、と嫌な予感がしたという。
「妹は大丈夫ですかって聞いたんですけども、今はまだちょっと分からないと言われて。じゃあ今すぐ帰りますって」
亜希子さんは電話を切り、幸子さんに連絡を入れてから急いで柴又に向かった。
自宅に近づくにつれ、道を埋める人の数が増えていった。自宅に到着すると、煙がくすぶり、消火活動が続いていた。
順子さんは病院へ運ばれ、助からないかもしれないと聞かされた。その後、賢二さんも合流し家族3人で警察署へ呼ばれた。
取調室に呼ばれ、亜希子さんは朝からの行動を繰り返し尋ねられたという。
「ずーっと5時間近く、いろんな人が今日の1日の様子、時系列で何をしてたんですかって、入れ替わりで聞いてくるので、なんで私の話がこんなに調べられるんだろうって不審に思って」
亜希子さんは、警察官が席を外した時、机の上の書類が目に入った。記されていたのは、「凶器の刃物」「ガムテープ」などの文字。
「刑事さんに、これ何ですかって聞いたら、実は妹さんは殺されたんだよってそこで初めて聞きました。寒気というか震えるというか。え? 順子が? なんで? って」




