1996年9月9日、東京・葛飾区で起きた「上智大生殺害放火事件」。アメリカ留学を目前に控えていた21歳の女子大学生・小林順子さんが自宅で殺害され、現場は放火された。事件直後、姉の亜希子さんは、捜査員から「狙われていたのは、お姉さんだったのかもしれない」と告げられた。何も分からないまま、30年が過ぎようとしている。

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「このまま結婚していいのかな」

 事件当時、亜希子さんは婚約していた。

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 翌年には結婚式を挙げ、新たな生活を始めることになっていた。しかし、事件で結婚式はキャンセルとなってしまった。

家族で行った箱根旅行の写真(写真提供:小林賢二さん)

 事件後、身を寄せていた母・幸子さんの友人宅で、亜希子さんは両親に尋ねたという。

「このまま結婚していいのかなって。あと夜間の学校も、やめたほうがいいよねって話をしたんです」

 亜希子さんは、病院で働く一方、介護福祉士を目指して夜間の専門学校にも通っていた。

 しかし、両親はどちらも続けるように言った。

「ちゃんと結婚もしてほしいし、夜間の学校もちゃんと最後まで通って卒業しなさいって。順子がそれは喜ばないと思うよってその時、両親に言われて。ちょっと辛いけど頑張って学校は卒業しないとなって思いました」

 亜希子さんは、事件からおよそ1か月後に職場に復帰した。警察への協力を続けながら卒業論文を書き、翌年3月に専門学校を卒業。今の夫と共に岡山での生活をスタートさせた。

長女を出産後、妹・順子さんの面影を感じるように…

 亜希子さんは結婚後、2人の子どもを育てた。

 長女の香那子さんが生まれた時、その体には順子さんと同じ場所にあざがあることに気づいた。

「生まれたばかりの頃は、『順子と同じところにあざがあるね』って。生まれ変わりなのかなって、思いたくなりました」

 長女が成長すると、顔の輪郭にも順子さんの面影を感じるようになった。さらに順子さんと同じく、海外に興味を持ち、いつしかアメリカ留学に行きたいと言い出すようになった。

 順子さんが叶えられなかった留学をうれしく思う気持ちもあったが、その思いを娘に背負わせてはいけないとも考えたという。