「私たちの思いまで背負わせちゃいけない。本人が行きたいという気持ちを大事にして、伸び伸びやってきてねと思いました」
「順子の人生ってこんなに短かったのかって悲しくなりました」
東京を離れ、知らない土地で子育てをしながら、目の前の暮らしに追われる日々。
その間も、犯人は捕まらないまま時間が過ぎ去っていった。
「事件から30年というのも大きいんですけど、私にとって大きかったのは21年っていう数字なんです」
亜希子さんにとって大きな節目だったというのは、事件から21年が経過した時。
そして、子どもたちが事件当時の順子さんと同じ21歳を迎えた時だったという。
「『え、もう?』という感じでした。母親として子どもを育てた21年間が、本当にあっという間だったんです。順子の人生ってこんなに短かったのかって悲しくなりました」
21年間、亜希子さんは順子さんと葛飾の自宅で毎日を共に過ごした。
亜希子さんの人生には結婚や出産、子どもたちの成長といった新しい出来事が積み重なった。しかし、順子さんとの記憶に新しい場面が加わることはない。
「順子と一緒に生きた21年間があの日、ぱたっと閉ざされた。順子がいない時間が、一緒にいた時間を超えてしまって。順子と一緒に生きた21年が、なんだかすごく遠く感じて……。この気持ち、伝わりますかね」
罪悪感。むなしさ。やりきれなさ。
何度も言葉を選び直しながら、順子さんに対する言葉にならない思いを口にした。
30年間、頭を巡り続けた「なぜ」
事件から30年たった今も、犯人の動機は明らかになっていない。
順子さんを狙ったのか。金銭目的で侵入したのか。ストーカーの可能性はないのか。
答えのない問いに、苛まれることも少なくないという。
「何も進められないじゃないですか。犯人がいないから。裁判もできないし、訴えることもできない。原因もわからなくて、やっぱり自分も責めちゃう。何がいけなかったんだろうって」
亜希子さんが、自分を狙った犯行であった可能性を考える明確な根拠はない。
それでも犯人が特定されず、動機が分からないために、その疑念を完全に否定する答えも得られない。
「犯人が捕まれば、どうしてこんなことをしたのか分かる。でも、捕まらないから『なんで』が30年続いているんです」



