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いま、森本慎太郎がSNSでバズる“納得の理由”
それは、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した『正体』で演じた野々村役にも感じ取れた。一家惨殺事件の容疑者として死刑判決を受け、逃亡を続ける鏑木慶一(横浜流星)が働き始めた工事現場の同僚である。劣悪な労働環境のなか、野々村は鏑木に窮地を救われるものの、指名手配の写真にその面影を見つけると態度は一転、懸賞金ほしさに通報を試みるのだ。
鏑木視点から見れば、「善」とも「悪」とも取れる人物で、その印象はコロコロ変わるのだが、鏑木に悟られまいと通報を試みる野々村も、「全部終わったら、飲み行こうぜ」と穏やかに笑う終盤の野々村も、どちらにも嘘がないのである。しかも、その善悪が記号的に切り替わるのではなく、懸賞金を手にしたいという欲も、鏑木を信じたいという気持ちも、どちらも野々村というひとりの人間のなかで地続きにあった。森本が演じた役のなかでも、ひときわ人間臭く、実在感に満ちたキャラクターだったと思う。
さて、2026年の森本慎太郎大バズりの背景には、昨今頻繁に使われる“メロい”の文脈も感じられる。私が知る限り、「メロい」はメロメロな状態を指す言葉で、その汎用性はすこぶる高い。森本のように「この人なら守ってくれそう」と安心感を与えてくれる人に向けられることもあるのだが、そうした存在が求められる背景には、先行きの見えない不景気や、社会全体を覆う漠然とした不安定さとも無関係ではない気がしている。
どっしりと地に足がつき、生命力にあふれた森本慎太郎が注目を集める2026年。彼の勢いにあやかって、日本の景気も上向くことを願いたい。
