大女優から「付き人に」と口説かれて
「あなた、俳優さんなんでしょう? その若さであたしを知ってるってことは芝居をやってるとか演技に興味があるってことよね。そうなはず。だったらやってみない? あたしを通して芸能界につながりを持てるのよ。今度受ける仕事ってね、大河ドラマなの。付き人になれば現場を見ることができるわよ。現場でコネクションもできるかもしれないわ。もし今後あたしが主演の作品でもあれば脇役に推すことだってできるのよ。ねえ、さあ、どうだ!」
学芸大学にあった小川さんの邸宅で向かい合い、一気に彼女は述べた。なんで私は今、大女優と二人きりで相対しているんだろう。ドラマや映画で聞いてきた「あの声」を肉声で聞いていることが不思議だった。そして最後に「どうだッ」と啖呵売みたいな口調になったのがおかしくて、ちょっと笑ってしまった。
「何がおかしいのよ、あたしは真面目に話しているのよ」
「すみません、あまりに突拍子もないことが起きていて、受け止められなくて」
「そりゃあそうよね。でも自信を持ちなさい、あたしが見込んだ子はね、必ず出世するの。きっとあなた、大きな存在になるわよ……。バイト代今いくら月にもらっているの? そのぐらいのお金をあたしが払えば、なんの問題もないでしょう」
あちこちに映画が、演劇が転がっていた
結局、引き受けてしまった。確かに私は当時小さな劇団に属していたが、サークル活動的に楽しんでいるだけで、芸能界での出世などまるで目指していなかった。いや、目指すほどの野心もガッツも根性もなかった、というほうが正確だろう。だからこそ、小川さんは私に目を付けたのかもしれない。
はじめのうちは楽しかった。何しろ家のあちこちに映画が、演劇が転がっている。書棚には出演作の脚本や商品化されたソフトなどが並んで、興味深いスナップもいっぱいだ。用のないときは脚本やらを読むことも許されたし、当時の思い出話もしてくれた。
「『八つ墓村』のときはね、ロケ地に小さな楔があったのよ。それを撮影の邪魔だっていうんで引っこ抜いてから、なんだか不思議なことが起こるようになったのよね」
「え、『鬼畜』が好きなの。野村芳太郎監督のね。でもあれ、あたし出番ほとんどないじゃない。どんなふうに役作りしたかって? 大した準備しないわよ、あのぐらいじゃ」
「これね、寺山修司さんがあたしにくれた詩なの。ふふふっ、いわば寺山さんなりのラブレターね。ねえ、これ、コピーしてきてちょうだい。これ以上黄ばむのを見たくないから……」