「あっちゃん、役ってね、こうやって獲るのよ」
年若の子が自分の仕事に対して熱心に訊いてくれれば、そりゃうれしかったろうと自分も年齢を重ねて思う。あるとき私は、演技的に深い感銘を受けた『復讐するは我にあり』に関して、共演の緒形拳さん含め、本当に凄かったですね……なんて乏しい語彙で思いを伝えた。
「あれね、あの作品はね、あっちゃん」
焦点の合わない目になって、ゆっくりと語り出す。小川さんはいつも急にトランス状態になる。自分で自分を降ろして語り出す、みたいなときがよくあった。
「あたし、本当は緒形さんの本妻役だったのよ。でも台本が届いて読んでいたらどうしても女将のハルさんが演じたくなった……。覚えたわよ、それからすぐ何度も台本読んでね、ハルさんのセリフ全部。そのぐらい役に惚れ込んだ。そんな気持ちになることって滅多にないのよ。方言を知ってる人も探して、習って、自分なりのハルさんを作り上げて行ったのよ。どこへって? 監督のもとに決まってるでしょうよ。
とにかくあたし、聞いてもらった。ふふふ、正妻役と言ってるのに、いきなりハルさんを演り出すんだから驚いたでしょうねえ……。ねえ、監督。このハルさんってすごく魅力的ね、読んでるうちにどんどん入って来るの、ハルさんがあたしに。このセリフなんか絶対こう言ったと思うのよ……みたいなこと言いながらハルさんを演じたわ、彼の前で。演り終えて聞いたの。ところで監督、あたしの役ってなあに、って」
「……それで、監督はなんて言ったんですか」
「そりゃあ勿論小川君、君はハルだよ、って。ははは……あっちゃん、役ってね、こうやって獲るのよ」
いつも誰かを演じていた
聞きながら私は自分の全身が粟立つような思いになっていた。すべてが事実とは思わない。盛っているところも虚構もあったろう。ただこのときはその語りの迫力と内容に気圧され、私は小川真由美という人にすっかり吞み込まれてしまっていた。
小川さんはいつも誰かを演じていたように思う。付き人スタートからの2か月間は「芝居好きの青年と過ごす悠々自適のマダム」みたいなキャラクターを。そして大河ドラマの撮影が始まったときから、あのひとは常に「大女優」を演じていた。ジェンダー問題の観点から「女優」という言葉も使われないようになっているが、この文章ではあえて小川真由美という人のことを「女優」と書かせてほしい。