「もう普通を辞めよう」大学を辞めて家を出るまで

――学校に行かなくなってからはどうしていたんですか。

MINAMO お金を貯めて一人暮らししたかったから、ガールズバーで働いてました。高校を辞めちゃった同級生がガールズバーで働いていて「どう?」と誘われて「学校に行ってもつまんないしな」と思って、働き始めました。とりあえず親元を離れたいというか、早く一人立ちしたかったんです。

――小説にも書かれていますが、MINAMOさんはお母さんは好きなわけじゃないですか。それでも家をどうしても出たかったんですか。

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MINAMO 私が実家にいると、家族みんなが幸せじゃなさそうだなとネガティブなことを思い始めちゃっていたんです。自分のことをちょっと邪魔みたいに思い始めて。もう子供ですよね。拗ねて出ていった感じです。

――大学には進学されていますよね。

MINAMO 京都の大学に一時期通っていたんですが、4か月くらいで辞めました。大学に入るまでは「普通になりたい」という憧れがあったんですけど、その一方で自分は普通になれないとも分かっていたんです。それで大学を辞めるぐらいで「もう普通を辞めよう」と思いました。今まで頑張ってきたし、しばらくはアルバイトをして、ダラダラ過ごしてやろうと思ったんです。

――それで大学を辞めた後に大阪に出るんですね。エッセイ『惑溺』の中では「18歳、育った土地から離れる日、私は安堵の息をつくかと思いきや、真昼間の阪急電車の中で涙が止まらなかった」と書いています。その時の涙は何の涙だったんでしょうか。

©三宅史郎/文藝春秋

MINAMO 家というか家庭でなんでうまくいかなかったんだろうと考えてしまって。すごく周りと比べて、私だって22、23歳ぐらいまで実家で過ごしたかったとも思って。でも普通にはできなくて。いったい私は何がしたいんだろうと思って、涙が出てきた感じです。

――大阪に出て行って、やりたいことはなかったんですか。

MINAMO もうなかったです。もう本当にただ京都を出たかったんですよね。京都っていう街が嫌いだったんですよ。自分の生まれた街、見慣れた街で、狭くて、みんなが「あの子はこうだ。ああだ」と近所の子のことを知っていて。結局どの土地でも変わらないと思うんですけど、ただ私は京都を狭くて陰気臭い街だと思っていて。その街から出たかったから大阪に行ったという感じです。

――大阪ではその思いは解放されるんですか。

MINAMO いやもう楽しかったです。一人暮らしを始めてしばらくは結構しんどかったんですけど、大阪で私と似たような境遇の友達ができて。私と同じで忘れ物も多いんですけど、その子は、それをネタにして笑いを取る子で。私にはそれがすごく明るく見えて「この子はすごいな」と思ったんです。それで、その子と一緒に住んでいたときもありました。その子と出会ってから、私の人生が明るく変わっていきました。最初は小説にもその子の話を入れようと思っていたんですけど、最終的に省きました。

――もしかしたら、MINAMOさんがセクシー女優としてデビューした際に、一緒にデビュー作を見た友達ですか?

MINAMO そうです、そうです! その子とは今も仲良いです。というか、その子しか友達はいないですね。