住田 見せしめのために晒されていたこと自体は、おそらく事実としてあったはずです。ただ、六条河原かどうかは定かではないし、3人が一緒だったかどうかも分かりません。冒頭で左馬助が首のそばを通るような場面も、史料にはないのでそこは全部創作です。
たとえば、信長が首を毬杖(木槌のついた杖で木毬を打ち、相手の陣地に入れるホッケーのような競技)で打てと命じる場面も、敵対していた者の首が持ち込まれたときに最もあり得ない展開は何だろう、その首を貶めることだろうと考えて作りました。そこで、前に映画で見て知った毬杖という遊びが使えるなと。
――「首」というモチーフが物語全体を貫いていますね。
住田 これが本当に不思議で、最初はそこまで意図していなかったんですよ。気がついたら首でつながっていた。毬杖の場面を書きながら初めて気づいて、「じゃあ最後も首だな」と思ってラストシーンを思いつきました。それ以外は自然にそうなっていたんです。「首」がこの物語の出発点だったから、無意識に「首」一色で物語を染めようとしていたんでしょうか――自分でもよく分かりません。
信長は「通常の言語が通じない」から嫌でも…
――この小説の中での信長は家臣たちにとんでもないことを命じ続けていますね。それに応じることでのし上がる秀吉の姿も描かれます。
住田 この小説に出てくる信長には通常の言語が通じない。首をホッケーのゴールに見立てて、木製の毬をそこに打ち込めなどというのは、普通の人間は思いつかないですから。一方で、秀吉がそれに応えているのは不気味ではあるけれど、それは“やるしかない”という覚悟であって、そこまでの狂気ではないと思っています。考え出す信長のほうに狂気がある。
それに対して光秀は、まともな人間だからこそ苦しみます。読みながら「光秀がかわいそう」と思ってもらえたら、そして「物語の中に入っていって助けてあげたい」と感じてもらえたら、うれしいです。自分もずっとそう思いながら書いていたので。まあ、ひどい目に遭わせているのは私なのですが(笑)。
左馬助もまさにそうで、光秀の家臣なんだけど、どうにかして光秀を守りたいと思っている。「頑張れ殿、うまくいきそうにはないけど(笑)、あなたがそうと決めたならどこまでもついて行きます」というような、そういう一風変わった引力を持った主君として光秀を描きました。
誰もが知っている出来事を誰も書かない視点で
――信長・光秀・秀吉は何度も物語にされてきた人物ですが、住田さんなりのオリジナリティは本作のどこに置かれましたか。
