ミステリー、イヤミス、ホラーなど多彩なジャンルで読者を魅了する作家・矢樹純さん。2026年7月24日、自身初となる警察小説『刑事総務課は眠らない』(文藝春秋)を刊行しました。

 主人公は不眠症に悩む女性上司・月代(つきしろ)杏果(きょうか)と、1日に1時間未満しか眠れないショートスリーパーの男性部下・根津(ねづ)梗士郎(きょうしろう)という異色のバディ。神奈川県警刑事総務課を舞台に、二人がそれぞれの「眠れなさ」と向き合いながら、複雑に絡み合う事件の真相に迫っていきます。

 本作の刊行を記念し、ミステリー紹介インフルエンサーとして活躍するミスおじ(@misuoji5964)さんが、矢樹さんとXのスペースで初対談。棋士との会話から生まれたという「言葉でも映像でもない何かで思考する人間」という斬新な着想や、「正直、無理じゃないかと思っていた」と語る三重構造の物語を書き上げるまでの苦労など、創作の裏側を赤裸々に語りました。その内容を一部お届けします。

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『刑事総務課は眠らない』(文藝春秋)

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「私に警察小説を勧めるんだ」という驚き

ミスおじ 『刑事総務課は眠らない』は、タイトルどおり警察小説ですよね。これは編集者さんから「やりましょう」というお話だったんですか?

矢樹 はい、私の中からは出てこないアイデアで意外でした。連載が始まる前の打ち合わせでは、どのような作品にするかまったく決まっていなかったんです。そこで、当時の担当編集者さんにこちらからお尋ねしたところ、ピンポイントで「警察小説を書いてほしい」とおっしゃって。「私に警察小説を勧めるんだ!どうして書けると思ったのだろう」という感じでした(笑)。

ミスおじ そうだったんですね。

矢樹 ただ、書いたことがなかったのはもちろん、読む側としても、横山秀夫先生の作品や、ジェフリー・ディーヴァーの「リンカーン・ライム」シリーズ、M・Wクレイヴンの「ワシントン・ポー」シリーズといった代表的な警察小説しか読んでいなかったので、正直なところ難しそうだなという気持ちはありました。

ミスおじ 警察小説特有の文化やしきたりなどは、一般人には分からない部分も多いと思います。

矢樹 そうなんです。警察官の方に直接お話を聞く取材はなかなか引き受けていただけないことも多いと聞いていたので、以前から執筆には二の足を踏んでいました。そのとき編集者さんが、米澤穂信先生の『可燃物』は、警察への取材を踏まえてではなく、ご自身の中の「こういうものを書きたい」というところから生まれている、という話を教えてくださって。それをうかがい、「では自分なりの警察小説だったら書けるかもしれない」と思い、チャレンジすることにしました。ですので、実際の取材としては、大学生の娘を連れて神奈川県警の庁舎の見学ツアーに参加させてもらったくらいでした。

矢樹純さん ©文藝春秋

カスハラをテーマに――もう一冊の新作『怖い客』

ミスおじ 今回は『刑事総務課は眠らない』と同時期に、『怖い客』(PHP文芸文庫)も刊行されましたよね。表紙のインパクトがすごくて、最初「これ、ミステリーなの?ホラーじゃないの?」と思ってしまいました。

矢樹 目が合っちゃいますよね(笑)。でも、れっきとしたミステリーです。全然怖くないので、大丈夫です。

ミスおじ 読んでみたらたしかにミステリーでした。カスタマー・ハラスメント、いわゆるカスハラをテーマにしているとのことですが、このテーマはどこから?

矢樹 これも編集者さんが出してくださったアイデアです。打ち合わせの段階では、短編集でミステリーを書くというぐらいしか決まっていなかったんですが、「カスハラの話はどうか」と提案していただいて。私も接客経験があったので、「書けるかも」と思って引き受けることにしました。

おとん 舞台となるお店も、いろいろ候補があったんですか?

矢樹 そうなんです。カラオケ店、ウェディングプランナー、不動産屋など、いろいろ出たんですよ。その中から最終的に5つの舞台に絞って、全5編という形になりました。取材については、最後の一編だけ書店員の方にメールで質問させていただいて、残りはひたすら調べて書く、という感じでしたね。