その後、岸は56年に日仏合作映画『忘れえぬ慕情』に出演。この映画の監督イヴ・シャンピに見初められ、翌年結婚する。
63年にはシャンピとの間に1人娘を出産。パリと日本を行き来する生活を送る中で出会ったのが、当時「ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)」の代表を務めていた作家の小田実まことだった。小田と旧知の仲だったコラムニストの水口義朗氏(91)が打ち明ける。
「彼女が小田と出会ったのは71年。彼の小説に感動した岸さんが、わざわざパリからやって来たんです」
2人の関係はいつしか深まり、あるとき小田が水口氏にこう告白したという。
「実は、岸さんと付き合っているんだ」
再び水口氏が語る。
「それを聞いて僕は、宴席を設けたんです。岸さんはその場で、甘えた声で小田に『この前、夜中に一緒に食べたラーメン美味しかったわね』なんて言ってね。僕は心の中で“こんちくしょう”と嫉妬しましたよ」
ところが、2人の関係は長く続かなかった。
「2年ほどで別れたのかな。小田は独占欲が強くて威圧的。一方、岸さんは独立心が強く、フランス仕込みの男女平等の考え方。岸さんの方が急激に冷めてしまったんでしょう」(同前)
ショーケン「岸さんを思ってセンズリこいた」
もっとも、岸はこの頃、18歳下の若手俳優とも噂になっていた。ショーケンこと萩原健一である。2人は72年に映画『約束』で初共演し、その3年後には『雨のアムステルダム』で濃厚なラブシーンを演じている。当時を知る映画関係者が述懐する。
「岸さんに対して彼は“お姉さんとして慕う気持ちと、恋慕する気持ちの両方がある”と言っていた。撮影現場に着てきたゼブラ柄のワンピースがとても華やかで、“岸さんを思ってセンズリこいた”とも言っていたのを覚えています(笑)」
萩原の岸に対する“想い”は募り、岸の母親の下にも日参していたという。
前出の磯田氏が言う。
「ショーケンさんは岸さんのお母さんにすごく気に入られていて、正月から3人で初詣に出かけたこともあるんだとか」
岸の母親が99年に亡くなった際には、こんな事もあったという。
「ショーケンさんが喪服姿で神妙な顔をして岸さんの自宅に現れ、泣きながら深々と玄関の前でお辞儀をして、寂しそうに去っていかれたそうです」(同前)
